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2009年04月13日Mon [12:59] エストニア | 本・雑誌 |読書メモ  

エストニアの政治と歴史認識

エストニアの政治と歴史認識エストニアの政治と歴史認識
小森 宏美

三元社 2009-03
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歴史認識というと、中韓とか進歩派がドイツをダシに日本を責めるというのがパターンなのだが、ナチスに全てを責任転嫁させて終わりのドイツではなく、どうも東アジア的意味の「歴史認識」問題はエストニアにありそうだ。エストニアに限らず、これまでのバルト三国ものは独立という民族の悲願に焦点を当てんが為、歴史は併合以前から一気に独立回復まで飛んで、「ソ連」という時代が空白になりがちであった。そして今はEUの一員として、あたかも「新しいヨーロッパ」が一夜にして出現した様な印象操作がなされるのだが、そこにはまだ「ソ連」の歴史を生きる人たちがいる。それが文字通りの「少数民族」であれば、「国民国家」に収斂されるものであろうが、首都で半数、第二の都市で35%以上、第三の都市では実に95%以上もの人口を擁する「少数民族」とあっては、「国民国家」における建国神話の歴史認識と齟齬が生じよう。言うまでもなく、その「少数民族」とは「ロシア系」なのだが、厳密に言えば、その「ロシア系」にはウクライナ、ベラルーシ、ユダヤなどのサブ・カテゴリーが存在する。現在のエストニアの正史から言えば、これら住民は「侵略者の子孫」であるが故、国の歴史認識とあいならない「国民」を多数抱え込んでいるということになる。EU加盟にあたっては、国民国家の原理原則が侵害されるとしたエストニア人より、「少数民族」の支持の方が高かったという。独立時は混乱の最中にあったロシアではなく、「ヨーロッパ」に近かったエストニアを選択するというのは現実的であっただろうが、最近の様に、「ヨーロッパ」の対抗軸としての「ロシア」が育ってくると、「少数民族」の歴史認識もまた変化してくる。「大祖国戦争」兵士銅像撤去問題と、ロシアのサイバー報復攻撃といった、最近のイシューも取り上げている。こうした「ヨーロッパ」の歴史認識問題をみると、日本の「歴史認識」がドイツと違うから、アジアの孤立化云々だの騒いでいる連中が滑稽に思えてくる。それも政府の歴史認識を不当に「右翼化」することによって、他国や自陣の運動の利に適うように仕向けているのだから尚更だ。日本も中韓系住民が3割くらいまでいくと、こうした「歴史認識」の実力行使が始まるのかな。

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