2008年08月10日Sun [01:11] アフリカ | 本・雑誌 |感想  

アフリカの教育開発と国際協力

アフリカの教育開発と国際協力―政策研究とフィールドワークの統合アフリカの教育開発と国際協力―政策研究とフィールドワークの統合
沢村 信英

明石書店 2007-11
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博論ものだが、著者はこの分野で長いキャリアがある人みたいで、青年隊OBの元JICA職員でもあるらしい。アフリカ問題はサミットでもホットなイシューとなってるし、アフリカサミットが横浜であったり、ボノとボブ・ゲルドフが乗り込んできて、説教かましたりと、「援助疲れ」の欧米の肩代わりを迫られる日本という構図から抜け切れていない気もするのだが、マラウィ、日本、イギリスとアフリカ援助問題一筋でやってきた著者であるだけに、そうした単純な見方とは一線を画している。欧米の援助には宗教的慈悲というものが根底にあって、慈悲ではなく自立を求める日本とは援助のあり方が根本的に異なるということは指摘しているのだが、正に「失敗国家」だらけになってしまったアフリカの惨状から、アジアで成功を収めた日本の援助を評価する向きもあるのだという。キリスト教の記念年かなんかだから、アフリカの債務を帳消しにしろとか日本に要求してきたボノが、一転して日本に媚を売る様な行動に出たのも、「植民地主義」とも「新植民地主義」とも無縁な日本に希望を託すしか道がないという深刻な状況にアフリカが陥っているという事情がありそうだ。そこを突き詰めるとアジアの勤勉とアフリカの怠惰という、極めて人種的な問題に突き当たってしまうことも、日本という非白人国家を関与させることにより、「アフリカ的段階」の突破を図りたいという意思に繋がっているのだと思う。ところが、教育が発展の礎であるという思想が磐石なものでないことは、著者のケーススタディでも明らかになる。アフリカの多くの国で、その教育環境が植民地時代より悪化していることは定説となっているのだが、国連が教育普及に乗り出し、就学率が劇的に上がったからといって、問題が解決した訳ではない。そのことにより、教育インフレが深刻化し、高等教育の卒業者の受け皿が増えるどころか、少なくなり、初等教育では無料化により、親たちの学校への関心が薄れ、教材も逆に不自由になったという。教育による上昇という発展途上国モデルが崩れてしまっては、親たちが教育というものに懐疑的になるのも無理なかろう。ある意味、ニートとか格差社会といった日本の問題も、アフリカが抱える問題と本質的には同質なものなのかもしれない。

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