![]() | 若き世代に語る日中戦争 (文春新書 607) (2007/11) 伊藤 桂一、野田 明美 他 商品詳細を見る |
この伊藤桂一という人は1917年生まれの有名な小説家らしいが、小説というものはサッパリ読まん私は知らん人だった。何でも日中戦争にも従軍した人なのだそうだが、その話を中心に弟子の野田明美さんという人が「聞き手」として対談するという形式。小説家に弟子がいるというのは、昔は普通のことだったのだろうが、迂闊にも現在もその制度が残存しているとは知らなかった。もっとも「弟子にしてください!」と押しかけ女房みたいな真似をした訳ではなく、カルチャーセンターの講座で教えを受けたのがきっかけだったとか。大学の指導教員などを「お師匠さん」などと呼ぶ人はたまにいるのだが、脚本とかマンガの世界みたいに一般的でないにしても、そうした形で弟子を持つ小説家も存在するのだろう。もしかしたら、書生なんてヤツもどっかで生き残っているのかも知らんが、渡辺淳一が「秘書」と称して若い女性を5人くらい「事務所」に抱えていたのは、週刊誌でみたことがある。てなことは、本の中身と関係ないのだが、『諸君!』に連載されていたものというから、まあ内容は想像通り。........でもなかった。慰安婦賛歌みたいなものもあるが、これは文芸家としては当然のことだろう。八路軍の力みたいなものを認めているのは、実際に戦場で戦った者の実感だろうが、それは、中国の側にも言えることで、毛沢東の「日本軍感謝発言」が軽々しく聞こえる程、日本軍と戦火を交えた者は、日本軍の戦力、兵士の戦意について、軍人として敬意を感じるのは自然のことであった。国民党軍がこの両者に比べて、お粗末であったということもあるのだが、中国の対日認識が変化したのも、日本軍を知る「老紅軍」が表舞台から、ほぼ姿を消したということと無関係ではなかろう。この伊藤氏は中国における「大人」の退場を嘆いているのだが、偉大な先人を越える為に、「抗日」を平和な時代にしなければならない現代の中国人指導者に「大人」を期待するというのも無理な話である。福田もアレだが、靖国とか、ガス田とかで、奴さんに多少は「抗日」の材料を提供してあげるのも、日本の「大人」の役割ではなかろうか。



