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2007年09月30日Sun [22:45] コンゴ民主共和国 | 本・雑誌 |**本の紹介**  

『闇の奥』の奥 

『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷
藤永 茂

三交社 2006-12
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『闇の奥』の訳者である著者が、映画『地獄の黙示録』からルムンバ、モブツ、カビラまで『闇の奥』に連なる植民地主義、帝国主義、奴隷解放、民族解放等々の思想を論じていくという、実に興味深い本。「1926年満州国長春生まれ」(この表記にも意味があるのだろう)という著者だが、大変意欲的で、元々九大の物理学教師だったのが、エンプラ事件以降、カナダに渡り、以来当地で北米インディアンの研究から、コンラッドの『闇の奥』の研究を続けているのだという。『闇の奥』が『地獄の黙示録』のみならず、様々な議論を巻き起こしたことは、『闇の奥』とレイシズムを巡るナイジェリア人作家チニュア・アチェべの告発があったり、インド系カリブ作家ナイポール『闇の奥』続編を試みたりといった動きがあるらしいが、ハナ・アーレントも『闇の奥』に感化された部分を露呈しながら、レオポルド二世の「コンゴ自由国」は自身の帝国主義論から、はっきりと除外しているのだという。ここから「大英帝国」を「帝国主義」の基準とする危うさを指摘していくのだが、その例証としてセシル・ローズや、それを小説化したオリーブ・シュライナーと『闇の奥』を比較検証したりしている。『闇の奥』自体、ポーランド出身であったコンラッドが「大英帝国」と「野蛮」な帝国を差異化し、自身を「大英帝国」という基準に同化する為の仕事であったとも言えよう。ハナ・アーレントがレオポルド2世をヒットラーに準えることを避けたという見方も三交社的には可能なのだろうが、ドイツとユダヤの皮膚感を併せ持つことは可能であったが、白人と黒人の皮膚感を併せ持つことは不可能だったというところもあるのではなかろうか。そうした欧米白人社会の「白人の重荷」については、日本の「自虐史観」とは別物で、レイシズムを温存したままの「慈悲」に近いものであることは、なんとなく分かる。そこに「反差別運動」がラディカルに流れる余地があるのだろう。そのラディカルな方法論だけ日本に輸入したところで、機能するはずもないのだが、つまるところ相手を「慈悲」を請う立場に置いておけば、精神的には充足されるということなのだろう。日本と「近隣諸国」の関係は正にどっちが「慈悲」をとるかの争いなのだが、白人と黒人の場合は文化的にも経済的にも一方が完全に従属したままで、そこまで「対等」な関係ではないことは、『闇の奥』の時代から変わりはない。その領土は大幅に減少したものの大英帝国の「慈悲」は未だに有効であるということだ。

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