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2020年02月16日Sun [14:57] ドイツ  

ナチス映画論



このタイトルとなると、ナチス政権下の映画というテーマの本かと思うが、実際はナチス後、現在に至るまでの「ナチス、ヒトラー現象」映画論といったものである。ヒトラーもののコンテンツの多さは、映画産業を牛耳っている(と言われている)ユダヤ資本の陰謀かとも疑いたくなるのだが、ホロコーストの「記憶」も「ショアー」から始まったと思えば、ナチスと映画は切っても切れない宿命の関係にあるということである。それは「ヒロシマ」でも最近の慰安婦、軍艦島の韓国映画や中国抗日ドラマでも同じことであるのだが、それも「ホロコースト産業」の成功がモデルケースとなっているところは否定はできない。宣伝映画という観点では「美の祭典」と同じであるのだが、その幅広い受容には正義や平和といった抽象性ではなく、芸術性や記録性が求められる。大学でのファシズム体験授業は「禁ナチスしぐさ」のしばりがない日本だから実現したものであろうが、ナチスを直接イメージさせない形でのロールプレイング授業は米国ではかなり活発に行われているみたいで、ナチスのキッチュな消費に警笛を鳴らす意味があるのだろう。ただ、それも固定されたファシズムのイメージを補完するものであり、ナチスの特殊性を否定するものではない。ファシズムが人間に自然に宿るものとすれば、当然反ファシズムも聖域ではないのだが、信仰が信仰に打ち克つみたいなことをやっているから、反ファシズムがどんどんファシズムに近くなっているのである。

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