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2019年05月18日Sat [00:14] 中国  

横浜華僑社会の形成と発展

横浜華僑社会の形成と発展: 幕末開港期から関東大震災復興期まで
伊藤 泉美
山川出版社
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博論もの。開港記念館を経て、ユーラシア文化館副館長で、お茶大の院に入ったのが30年前というから、昔の博論をリライトしたのだろうか。幕末開港期から関東大震災復興期までの区切りがあるので、特に評価が変わるものは無いのだろうけど、華僑史的には最近の変化は著しい。黎明期の横浜華僑社会が広東人社会であったことは神戸や長崎との顕著な違いとなるのだが、居留地の外国人の使用人としての歴史があったからでもある。マカオ、香港の後背地から移民が多く出るのは今も昔も変わらんが、男性のみならず少なからず女性も含まれていたらしい。東南アジアでもこうした女性は結婚することなく、姉妹結社を作ったりもしたのだが、横浜でも男性は日本人妻を娶るか、故郷から妻を呼び寄せるかとケースが一般的であった様だ。大同学校が広東語を教育言語としていたことは知られているが、初期の華僑学校では香山話で教えられていたという。これはおそらく教員側の事情によるものと思われるが、孫文の言語でもあるので、革命的には由緒正しい教育であったとは言えるか。

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