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台湾における「日本」イメージの変化、1945-2003: 「哈日(ハーリ)現象」の展開について台湾における「日本」イメージの変化、1945-2003: 「哈日(ハーリ)現象」の展開について
李 衣雲

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博論もの。哈日は台湾で死語になっているのか分からんが、一応区切りは2003年まで。ただ東大博士後期に入ったのが2001年ということで、単にその時点までの話だったのかもしれん。ビザ発給業務がパンクして、台湾人がビザ免になったのは2005年なのだが、当時の哈日は日本との距離感を前提としていたが、今は距離感が無い分、日本イメージが細分化されているのだろう。ある意味、日本統治時代の距離感に近づいているのかもしれないが、その意味に於いても1945年からの論考は的を射たものである。日本像における韓国との比較、韓流と哈日の比較は台湾と韓国の違いを浮き彫りにするが、台湾の脱日本文化化が中国化によってなされたことで、台湾文化は非対称化され、日本文化はその一部として内包されたというところはあるか。とはいえ、日本文化自体に本省人が抵抗の意味を持たさない限り、政府は無臭化された日本文化を制限付きながら容認してきた。そこに第二世代が哈日という形で日本を受け継ぐ土壌があった訳だが、天然独の第三世代はそうした土着イメージの日本も舶来イメージの日本も受け継いでいる訳ではなかろう。

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