2017年06月30日Fri [05:33] 米国  

忘れられた人類学者

忘れられた人類学者(ジャパノロジスト)   〜エンブリー夫妻が見た〈日本の村〉忘れられた人類学者(ジャパノロジスト) 〜エンブリー夫妻が見た〈日本の村〉
田中一彦

忘羊社 2017-02-17
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重要なのはこの学者夫妻が熊本の村をフィールドワークしたのは昭和10年という時期であったということ。戦後GHQと共に入ってきた学者とは違う。その著書は「菊と刀」でも多く引用されているのだが、著者は「菊と刀」を批判していたということ。亡くなったのが42歳で昭和25年であり、著書は2冊しかなかった為に忘れられた存在であった。ただ、亡命白系ロシア人であった妻は長生きし、戦後も何度か来日しており、最後の来日では県知事だった細川護煕とも会ったそう。球磨郡の須恵村というところらしいが、この地区では誰しもが夫妻の事を知っており、妻が来日した際には大歓迎を受けている。当時としては文化相対主義の立場に沿った記録であるのだが、性の奔放さなども克明に記しており、「乳出しショット」などもあるのだが、その子孫であろう現在の地区の人たちはそれも貴重な記録として受け入れている様だ。

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