2017年04月08日Sat [06:09] 東アジア  

日本のスパイ王

日本のスパイ王: 陸軍中野学校の創設者・秋草俊少将の真実日本のスパイ王: 陸軍中野学校の創設者・秋草俊少将の真実
斎藤 充功

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秋草俊という人はソ連に抑留中に亡くなっているので、他の中野学校関係者に比べてあまり有名でない気がするのだが、家系図を見ると、息子に小田急常務、甥に電電公社総裁も富士通社長がいて、藤倉ゴムや日興証券社長も親戚らしい。家は館林の大地主だそうだが、陸軍中央幼年学校のエリートで、ハルビン特務機関のトップでもあった。当然ソ連にとってはA級戦犯であり、拷問も凄まじかったそうだが、死因が病死となっている。満洲国駐ベルリン公使館に赴任する際はソ連は入国禁止でシベリア鉄道には乗れず、上陸地のポルトガルのビザも出なかったので、香港に停泊した際にマカオでビザを取得したのだという。マカオでポルトガル本国のビザが取れたのか。マカオ自体はノービザだったんだな。中野学校関係の著作が多い著者だが、これが最後の中野学校本になるらしい。秋草俊のネタもあまりなかったみたいで、「ムー」の企画をが4年塩漬けになったそう。半分以上が過去の中野学校本の焼き直し。

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