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2006年06月03日Sat [22:43] フィリピン | 本・雑誌 |読了本  

フィリピン歴史研究と植民地言説

フィリピン歴史研究と植民地言説
レイナルド・C. イレート フロロ・C. キブイェン ビセンテ・L. ラファエル Reynaldo C. Ileto Floro C. Quibuyen Vicente L. Rafael 永野 善子
めこん (2004/09)
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この本はフィリピンの気鋭の近現代史学者三人の論文をセレクトしたものらしい。日本で言えば小熊英二、原武史、加藤陽子のコラボレーションみたいなものなのだろうか(たぶん違う)。とにかくフィリピン人学者の邦訳を読める機会はあまりないので貴重なものであることはたしかだ。とは言っても、やっぱり翻訳ものだし、フィリピン近現代史の知識がないと読むのは相当難儀する。前出の日本代表3人も初心者に優しい著作で知られているが、これを英訳しても、フィリピン人の初心者は読むのに難儀することだろう。ということで、フィリピン初心者の私が理解できるのも限度があるが、一つ思うのは、フィリピンではポスコロといっても、ポス西コロがあって、ポス米コロがあって、そして時にはポス日コロもあるというややこしい論証になってしまうということ。どうやらその犠牲者の最たる者が、「国父」リサールらしい。どうもその「独立の父」イメージはアメリカがスペインからフィリピンの支配権を奪った時に、幾分に作り上げられたものらしい。そこで従来のポスコロでは、リサールは基本は親スペインで、独立革命には反対であったとされ批判を受けていたとか。たしかに、これ以前にフィリピン人学者としては例外的に邦訳されてきた大御所のコンスタンティーノの本にもそんな記述があった様な記憶がある。その「革命史観」全盛の時代の論考をまた批判しているのが、この気鋭の皆さん。この辺の論争が詳しく記述されている訳ではないので、その詳細は分からぬが、とにかく革命コンプレックスと大アジア主義の幻想から離れられない日本人は、どうもこの「アジアの革命家」というヤツを「神聖化」してしまうのだが、「ハリジャン」によるガンディー批判とか、最近の「マオ」なんか見ても、「偉人」が成し遂げた筈の「革命」が、その実、後世の人にとっては不幸の始まりだったと考える人たちの主張も耳を傾けるべきであろう。顧みれば、日本には「偉人」がいなかったことが、今日の安定をもたらしたとも考えられる。やはり一人の指導者をシンボル化してしまうのは問題アリなのであろう。そうなると「象徴天皇制」の発明は天才的とも言えるのかもしれない。

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