世界読書旅
ここ数年に読んだ海外関連本の感想など
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■ ヒトラー、ゾルゲ、トーマス・マン クラウス・プリングスハイム二世回想録 
2008年06月30日 (月) 20:41 * 編集 *
ヒトラー、ゾルゲ、トーマス・マン―クラウス・プリングスハイム二世回想録ヒトラー、ゾルゲ、トーマス・マン―クラウス・プリングスハイム二世回想録
(2007/11)
クラウス H.プリングスハイム

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こんな人がいたとは「父親」のクラウス・プリングスハイム一世も併せて、全く知らなかったのだが、その経歴はウソじゃないかもしれないけど、やはり中身はかなり創作が入ってんじゃないかな。とにかく話が出来すぎというか、映画みたいな話なので、それは「叔父」のトーマス・マンから受け継いだ才能の様にも感じる。とにかく子どものとき、ヒトラーと「目が合って」以来、流浪の人生が始まり、戦時中は東京でゾルゲに会ったことで終戦を目黒警察の拘置所で迎え、陸軍の通訳から、進駐軍の通訳になって、アメリカ移住。マンの家に住み込み、タクシー運転手になったり、米軍に入隊したりして、大学に入り、香港で結婚し、最後は教授となった大学のあるカナダに帰化して、日加貿易協議会理事長と、この時代のドイツ人なら、あり得る人生なのだろうが、あまりにもドラマ的過ぎて、映画化を前提にして書いているとしか思えん。訳者もその辺が気にしているのか、著者を相手にご馳走を与える「当意即妙の素晴らしいスピーカー」などと評している。何でも「ボクは天皇陛下を尊敬しています」とか唐突に言われたこともあったそうで、この本も「トーマス・マン」の読者も裏切らないサービス精神の賜物かもしれない。とはいえ、著者は最後に書かれている自分の人生を証明する文献資料を並べてきていて、読者が容易に信じられないことも想定していた様だ。著者は2001年に亡くなったそうだが、原書は1997年で、当初は「ヒトラーとゾルゲに会った男」という題で「経済往来」という雑誌に連載されていたという。その雑誌が潰れて、連載も途中で滞っていたのらしいが、訳者も日本とあまり関係ない後半は端折るつもりだったらしい。それが後半に物凄い「ドラマ」が来たもんだから、これはいけないと、慌てて全訳したのだとか。しかし、まあなんというかこんな映画みたいな人生もあるもんだな。「全身歴史家」の匂いがしないでもないのだが、「新民主主義青年」とかつまらんマルクス主義の講釈なんかより、歴史家たるものは面白い物語を書くべきであることはたしか。
# * ドイツ * Comment (0) * Trackback (0) *
■ GHQカメラマンが撮った戦後ニッポン ー普及版ー 
2008年06月30日 (月) 12:16 * 編集 *
senngo.jpg

ー普及版ーとなってるのは、前に豪華版が2冊も出ているからなのだが、版型を小さくしたこの本で使われている写真は大型本と重複しているのだろう。2年位前に新丸ビルでやってた展覧会のヤツかと思うのだが、アーカイブス出版はこれにカネをつぎ込んだのか、最近、倒産の運びとなった様だ。まさか、カバーに今にも噴き出しそうな顔の昭和天皇、皇后の写真を使ったからという訳ではなかろうが。それにしても、これらの写真はデジタル加工でもされたのだろうか。やたら鮮明になっていて、再現ドラマみたいに感じる。ある年代以上の人は幼い頃の記憶は白黒で残っているというのだが、私も自分が生まれる前の世界は白黒だと思っていた。色覚異常の人でも「白黒の世界」に生きている人はいないと思うが、カラーの東京PXなんて映画の世界だ。ここに載っている写真を撮った人は、GHQ専属カメラマンとして来日して、14年間も日本の写真を撮り続けた人らしい。つまり進駐軍撤収後も日本に居続けたということなのだが、アルバニア出身の移民だったのだとか。そうした出自が敗戦国ニッポンに惹かれた理由なのか分からぬが、除隊後の行動についてはよく分かってないらしい。いずれにしても、当時の日本がガイジン天国であったことは間違いない。イラク侵攻の責任が日本にあるとしたら、こういう間違った教訓をアメリカに与えてしまったということであろう。それにしても、戦後一面の焼け野原であった東京が、短期間でここまで復興するものだろうか。銀座なんてほとんど無傷の様にも思える。焼け野原にも復興した東京にも印象操作があったと見るべきなのか。
# * 米国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 日本の刑罰は重いか軽いか 
2008年06月30日 (月) 02:03 * 編集 *
ouunnkai.jpg
日本の刑罰は重いか軽いか (集英社新書 438B)
(2008/04)
王 雲海

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この著者が前に出した集英社新書は中国の正当性を主張する何か説教じみたものだったと記憶しているのだが、批判があったのか、称賛されたのか分からんが、前と趣きが異なる仕上がりになっている。持論であるらしい「権力社会中国」と「文化社会日本」にどうしても結論づけたい様だが、その部分は端折って読んだ方が良いかもしれん。元々、死刑廃止運動を盛り上げる為に集英社新書が企画したんだろうが、中々、リアルで死刑の判決を下すことに加担し、その執行現場を見届けた人物が日本語で新書を書くなんてことはないだろう(と思ったら、最近、50年前の死刑執行の実況がテレビとラジオで放送されたりした)。著者はその現場を見て、表向きは死刑反対論者になった様だが、それも事件と犯人の場合によるとしている。日中米三国の法体制を比較するのが著者の専門らしいのだが、意外にも著者が評価しているのが日本の法律。蒔餌式の米国、魚網式の日本、キャンペーン式の中国とはよく言ったものだが、「欧米諸国」やそれに妄信する「進歩派」の人たちから人権無視の証拠として突き上げられている例の「有罪率99%」は日本の細密捜査の賜物だとしている。一方、日本の法律が甘いから外国人犯罪が増えるという見方は間違いとして、中国は日本の様な厳罰主義ではないとしている。何でも500元以下の窃盗は犯罪として立件されることはなく、外登不携帯や万引きで逮捕され、裁判を受けることになった中国人が差別だと訴えるのを、石鹸3個盗んで送検された日本人もいると言って諭しているのだという。それでは中国ではスリも500元以下だったら犯罪ではないかというと、私が勤めていた会社でも年中窃盗騒ぎがあったのだが、被害が一万元以下だったら、警察に届ける様なことはしてなかった様な覚えがある。中国の死刑執行数というのは実のところ不明なのだそうだが、「社会主義経済秩序破壊罪」というのが事由として一番多く、死刑の半数近くは所謂「経済犯」である様だ。パンダを殺して死刑なんてこともあったが、改革解放前は「反革命罪」が一番多かったことを鑑みれば、中国の司法制度が「キャンペーン式」というのは言い得て妙である。あまりこの分野で名をはせる在日中国人学者はいないのだが、法整備は古くから中国は日本を参考にしている様だ。著者にしても学者より稼げる道はあったのだろう。日本の社会は評価しなくても、日本の法律自体には未だ惹かれるものがあるのかもしれない。
# * 中国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ ニッポン地下観光ガイド
2008年06月30日 (月) 00:26 * 編集 *
ニッポン地下観光ガイドニッポン地下観光ガイド
(2008/01/26)
小島 健一栗原 亨

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あんま使えんな。
# * 雑多 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 都市計画の世界史 
2008年06月29日 (日) 21:51 * 編集 *
都市計画の世界史 (講談社現代新書 1932)都市計画の世界史 (講談社現代新書 1932)
(2008/03)
日端 康雄

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中公新書の世界史シリーズが売れてるもんだから、講談社もそれにあやかった訳ではなかろうが、読みやすいけど、ついていくのが大変というスタイルもそのまんま。こういう「都市史」なるものは、歴史アプローチと、建築アプローチの二つの手法があるかと思うが、著者の専門は都市計画とのこと。大学での都市計画講義は時間の関係で近代都市計画だけが扱われるので、前近代からの講義ノートみたいな体裁になっている。では、世界最初の都市はどこかということは気になるのだが、前3000年ごろに都市文明が同時多発的に現れたということになっている。このグループが、メソポタミア、エジプト、インダス、黄河であるのだが、黄河は都市文明としては前三者より後発であるらしい。この辺はほとんど考古学の世界だが、発掘調査も都市計画の知識が必要であることは言うまでもない。あくまでも「世界史」なので、各大陸の文明を公平に扱っていて、平安京平城京の都市計画的説明もあるのだが、前近代を抜けると、やはりヨーロッパ都市文明の記述が多くなる。バロックの都市というものはよく知らなかったのだが、近代的都市計画のハシリの様なものなのだろうか。しかし、ヴェルサイユはともかく、カールスルーエもその代表例だったのか。郊外田園都市の時代くらいから、なんとなく頭に入る様になったが、それも視覚的記憶があるからであろう。郊外田園都市にスラム化防止策の側面があったとは知らなかったが、フランスの「郊外問題」などをみると、今日では田園都市にもスラム化の危険は存在している様な気もする。東京でも住民高齢化による団地の過疎化などが言われて久しいのだが、団地や工場に萌える人たちが、ちゃんと現れてくれるのも日本人の「オタク力」なのかと思う。
# * ヨーロッパ * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 太っちょ泥棒のラブライフ
2008年06月29日 (日) 21:07 * 編集 *
映画
huto.jpg

SKIPシティ

今日も雨の中、ロハなのでスキップシティまで。
コレは出てるのがデブばっかで、何一ついいとこがないクソ映画。というより映画でなくて、マンガ。スウェーデンのクセにエロくもない。前説の姉ちゃんはこの監督と何か関係あったのかな。
今日の収穫は『愛の矢車菊』だけか。

# * スウェーデン * Comment (0) * Trackback (0) *
■ パラグアイのサバイバル・ゲーム 
2008年06月29日 (日) 09:12 * 編集 *
パラグアイのサバイバル・ゲーム―“南米のへそ”世界一親日国の秘話パラグアイのサバイバル・ゲーム―“南米のへそ”世界一親日国の秘話
(2007/12)
船越 博

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40年外務省に勤め、ラスパルマス総領事であがりとなった人か。前にカナリア本を出したのだが、これはパラグアイ勤務の話。牧歌的だった前作とはちょっと趣きが違って、ストロエスネルとそおれを追い落としたロドリゲス将軍のストーリー。それにしても、この人は5大陸11箇所の在外公館勤務か。クーデター騒ぎもバングラデシュやリベリアを経験しているからなんてことないし、ドンパチ騒ぎも幼少の時満州から引き揚げる時の国共内戦や東京大空襲とは比べようがないなんてことも書いている。ジャマイカやマイアミ、レシフェとか南アにもいたそうで、まだまだネタが貯まっているのかもしれない。それにしても、ドンパチ後に、外国人に死体写真を売り歩くビジネスがどこでも見られるとは知らなかった。最近のチベットがそうだった様に、今はネットがあるから「ビジネス」にはならないのだろうが、これは例の「南京大虐殺」写真真贋論争と関係ある話かもしれん。で、本題に戻るが、ストロエスネルが異常に親日であったことはよく知られている。世界の元首の歴史をみても、シラクなんか足下にも及ばないほどであろう。フジモリは親日とは言えないが、この35年もの長期政権を築いたドイツ系の独裁者の昭和天皇崩御時のエピソードを読むと、「ウヨク」は泣いて喜ぶんではなかろうか。結局、「大喪の礼」の9日前にクーデターで追われてしまうという悲劇になったのだが、私はこのストロエスネル追放劇が、日本の新聞ではベタ記事扱いだったことに驚いた記憶がある。「平成」の幕開けの裏側で、こんなドラマが展開していたとは、数年後に彼の地を訪れた私も全く知らんかった。艶福の独裁者に、「四人組」って、あの国と同じパターンではないか。同じ著者がストロエスネルの親日ぶりに感動しているの明白なのだが、そこは元職業外交官、ストロエスネルを追放したロドリゲス将軍も「親日」だったので、これもまた好評価。というか、出てくる人、出てくる人、みんな「親日」ばかりなので、いい加減にしろよと言いたくなるくらい。まあ、外交官が付き合う人間なんて、そんなものなのだろうが、個人的にも、この国には極めて良い印象を持っている。それは著者の言うように「世界一の親日国」というより、他の南米の国(除ブラジル)みたいな東洋人全般への差別がない(というか一度も遭遇しなかった)という印象を受けた。アスンシオンの韓国人街にはビックリしたが、台湾人もかなりいて、おそらく現在は大陸からも入ってるのだろう。ウルトラ反共主義者だったストロエスネルは台湾と仲良しだったのだが、その時代が終わっても、台湾を裏切ったりしない律儀な国である。それも中米みたいな団体交渉でなく、南米でただ一国、国交を守っている。これは世界的にみてもかなり稀有な例であろう。馬英九も飛んでいくだろうが、いつまで守りきることができるのだろうか。
# * パラグアイ * Comment (0) * Trackback (0) *
■ イラク戦争のアメリカ 
2008年06月29日 (日) 00:49 * 編集 *
イラク戦争のアメリカイラク戦争のアメリカ
(2008/01/26)
ジョージ・パッカー

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イラクも、未だに「戦後」を振り返る時期に達していないのだが、形式上「占領」が終わっている以上、まとめ本を出しておかないと、イラク自体が忘れ去られる自体になってしまうかもしれない。ということで、イラク本が最近幾つか出てきたのだが、これは小説家でジャーナリストという著者による、イラク取材の集大成。立ち居地はリベラルでも保守でもなく、といった感じなのだが、自らの「リベラル」性を問い詰めたBlood of Liberalsなんていう本で注目を集めた人らしいので、その辺には規するものがあったのかもしれない。「占領反対」を叫んでりゃいい日本の「平和バカ」と違って、アメリカは「反対」するにも「賛成」するにも、撤退して、ハイさようならという訳にはいかないから大変だ。イラク人が反米だから、米軍がいなくなれば平和になるなんていう発想自体が無責任であって、それこそサダムを地獄から呼び戻さない限り、イラクに「平和」が訪れることはないだろう。その意味では、占領にも、リベラルにも、サダムにも、シーア派にも、スンニ派にも疑いの目を持った著者の仕事は貴重なもので、その声を拾い集める作業は必要ではあるのだが、これはあまりも長すぎる。600ページもあると、得意の一気読みは無理だし、翻訳特有の冗長な文体も手伝って、読んでどっと疲れてしまった。酒井啓子さんも実は熟読してなさそうな解説を書いているけど、もっと、スパッとまとめることができなかったのかな。このダラダラ感が、それこそイラクの米軍統治を表している様にも感じるのだが。
# * イラク * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 韓国はなぜ反日なのか 
2008年06月28日 (土) 22:10 * 編集 *
韓国はなぜ反日なのか―内側から見た韓国の“真実”韓国はなぜ反日なのか―内側から見た韓国の“真実”
(2008/02)
吉井 英一

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コレはちょっと酷いんじゃないの。トンデモに反応するのもトンデモだけど、著者は「環境汚染防止技術者」というのが本業で、1985年から1995年まで韓国企業数社に技術指導を行ったことがあるとのこと。80年代の反日は、もはや伝説化している感じもあるけど、この人も韓国人よろしく、海の向こうからたまに出てくる「妄言」に、過去のトラウマが甦るのだろうか。「嫌韓流」以降というか、日韓ワールドカップ以降というか、2ちゃんねる以降なんだろうけど、韓国人を批判しても「差別」ではないという流れが出来たのは結構なことなのだが、歴史認識を批判するのはよしとしても、「韓国人の特徴」と称してアナクロなレッテル張りをしてしまうとひいてしまう。なんでも現代に自分の技術を盗まれた(と主張)をはじめ、何度も韓国人には痛い目にあったそうだ。技術指導を日本式の叱責スタイルで行うことは、他の「アジア諸国」と違って、韓国も同じ文化的土壌があるのかもしれないが、日本人が叱責するとなると話が別な様な気もする。それにしても、何か言うと「日帝36年」の枕詞で、議論をふっかけてくるというのも、根本敬のマンガみたいに分かりやすい話だ。「馬鹿野郎」などとも言っていたらしいから、向こうからしても分かりやすい日本人だったのだろうけど。歴史認識編では、金完燮や呉善花などを種本としているらしい。イザべラ・バードの本はどうも最近、その筋で「古典」扱いされている様だ。まあ独島靖国教科書慰安婦の四点セットは当然なのだろうが、ついでに南京まで論じてしまうのはオーバーワーク気味か。日韓の「ネチズン」が電脳空間でズケズケとやりあっているのは結構なことだと思うのだが、どうも「キーセン観光世代」のジイサンがあからさまに言うと角が立つ。とはいえ、「ネチズン」の中の人たちも実は「キーセン観光」対「386」だったりして。
# * 韓国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 世界
2008年06月28日 (土) 21:42 * 編集 *
映画
世界世界
ジャ・ジャンクー

バンダイビジュアル 2006-07-28
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SKIPシティ

この人はヤッパ才能あんだなあ。タダ映画目当ての近所の爺さん婆さんはつまんなそうだったけど、オレッチはスゲー良かった。しかし、ジャ・ジャンクー の映画がロハなのに、ガラガラのスキップシテーって。
# * 中国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 日中比較優劣論 
2008年06月28日 (土) 09:08 * 編集 *
nittyu.jpg
日中比較優劣論―東アジアの「内紛」を超克する方法
(2007/06)
金 文学

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この人も、もう帰化済らしいが、いつものSAPIO路線。まあ色々考えさせてくれるのは確かなのだけど、中国の政策として「反日」の後は「親日」の波が来るというのは、とりあえずご明答であった。ちょうど地震もあったし、これでオリンピックを乗り切ったら、「反日」のガス抜きをしてくるのだろう。例のソウル聖火騒ぎでも分かったのだが、朝鮮族のナショナリズムも歪な形で現れてくることがある。張景子とは月とスッポンみたいになってしまったが、著者に言わせれば、張景子も共産党に従っているフリをしているということなのだろう。昔、日本僑報社から著作を出したこともあるそうだが、中国で認められない「言論の自由」に対して、よりラジカルな挑戦を行うことが、深い満足を得ることに繋がっている様な気もする。それは来日して覚醒したというよりも、生まれ育った国に対するトラウマを払拭せんとする行為にも思える。確証はないが、瀋陽で生まれ育ったとしたら、「親日派」の子孫であろう。親の世代は毛沢東も金日成も冷ややかにみていたのではなかろうか。著者の世代の朝鮮族は「漢族」を他者とするなら、先進資本主義国家の「日本」はその道具としてアイデンティティの一部に成り得たのかもしれない。
# * 中国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 観光コースでないシカゴ・イリノイ 
2008年06月28日 (土) 02:32 * 編集 *
かんこ
観光コースでないシカゴ・イリノイ
(2008/04)
デイ 多佳子

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このシリーズで米本土が登場するとは意表をつかされるのだが、明石、五月、第三、彩流とその筋で本を出してきた著者が現在住んでいるところということで、人物本位の企画ものかもしれん。その路線から外れた芙蓉出版から出た、日系兵士の本は読んだ記憶があるのだが、彩流から出た『大きな女の存在証明』という本は気になるな。なぜか愛車と共に写っている近影をみると、たしかに著者は日本人女性としては大柄な感じだが、アメリカに行ったことと、米人と結婚したことが、それと関係あるのかは分からん。「大女」もまたマイノリティーなのだろうが、そのこと自体は、ここで書かれている黒人や先住民と連帯できる性質のものでもないだろう。この地域は色んな有名人を輩出しているのだが、高文研的にはエメット・ティルや「アル・カポーン」がヒーローで、ロナルド・レーガンにはそっけない感じ。「左翼のメッカ」とか「モルモン教」の話はあるのだが、「シカゴ学派」の話は無しか。アーミッシュはこの辺にも住んでるそうで、アーミッシュの家でランチを食べるツアーなんてものもあるそうだ。しかし、アメリカとカナダにしかいないと書いているが、パラグアイ、ボリビア、メキシコ、ベリーズにもコミュニティがあったはず。締めは「キャンプ・エリス」で、自分はアメリカ人でないことを確認か。靖国とか皇居に行ったら自分は日本人だと確認できるのかな。
# * 米国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ どうする東アジア 聖徳太子に学ぶ外交
2008年06月28日 (土) 02:26 * 編集 *
どうする東アジア聖徳太子に学ぶ外交 (祥伝社新書 92)どうする東アジア聖徳太子に学ぶ外交 (祥伝社新書 92)
豊田 有恒

祥伝社 2007-10
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これって、どうなんだろう。相変わらず威勢はいいけど。
# * 東アジア * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 1960年代の東京
2008年06月28日 (土) 01:57 * 編集 *
1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶
(2008/03/14)
池田 信

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最近はどこもかしこもだけど、これは結構本格派。
# * 雑多 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 支那の夜
2008年06月27日 (金) 22:50 * 編集 *
映画

東京国立近代美術館フィルムセンター大ホール
監督:伏水修  1940

たしかに国辱映画なんだろうけど、それほど単純なものではなかった。
合編は長いな。あれが改編ラストか。ジジババの場内もさすがに失笑。
しかし、中華電影が入ってるのに、中国人俳優は起用できんかったのか。

# * 昭和萌え映画 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 花婿の寝言
2008年06月27日 (金) 22:42 * 編集 *
映画
ねごと

東京国立近代美術館フィルムセンター大ホール
監督:ごしや 1935

なんちゅう三文コント。昭和10年か。スゲーな。住宅地は現代風だけど、新妻が日本髪って。
久々に場内爆笑の渦だったよ。

# * 昭和萌え映画 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 驚異の超大国インドの真実 
2008年06月27日 (金) 09:10 * 編集 *
驚異の超大国インドの真実―インド人だからわかる!ビジネスの将来性と日本人の大誤解驚異の超大国インドの真実―インド人だからわかる!ビジネスの将来性と日本人の大誤解
(2007/12)
キラン S.セティ

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著者は神戸生まれの米国籍で、嫁日本人のシーク。神戸青年会議所理事長も務めた二代目貿易商という人らしい。ということで、本人が書いたというか、喋ったんだろうが、原文も日本語の様。まあ、書いてあることは門倉本みたいなものなのだが、幾つか面白い箇所はあった。阪神淡路の時、神戸でもインド人コミュニティが被災した訳だが、著者の父をはじめ、印パ分離独立を経験している猛者ばかりなので、この程度のことで騒ぐことはないと妙に皆さん落ち着いていたのだとか。日本の地震は外国人の恐怖の対象であるのだが、少なくとも「インド人はビックリ」しなかった様だ。戦争で被災経験のある日本人はどうなのだろうかと著者は書いているのだが、なるほど、その様な視点のものはあまり聞いたことがない。あと、インドに住んだとときに、生まれて初めてハウスキーパーを雇う生活をしたそうで、日本人同様、距離感が掴めず、相手になめられてしまったとのこと。やはりインド人でも、育った環境ではそうなるのか。日本で、外国人であることで、得していると思うというのは、「アジア系」としては珍しい発言なのだろうが、それは結構、普通のことなのかもしれない。インドでは、外国人は国力によって、カースト制度の順位が決まるなんてことも書いているのだが、つまりは、日本人がネパール人に間違えられることと、日本人として見られることでは、インド人の対応も異なるということであろう。中国人や、アッサム人でもまた違うということか。山田和は日本人はアウトカースト扱いではないかとしているのだが、国力=カースト制という説は初めて聞いた。著者もシークでカースト埒外だから、適当に言ってるだけなのかも知らんが。それに、日本のインド人コミュニティは、カースト別とか、宗派別、言語別とかに分かれるのではなく、「ベジタリアン派」と「ノンベジタリアン派」に分かれて活動するというも、ちょっと意外だか、なるほどの現実だ。たしかに飲み食いが絡んでくると、その方が都合が良いのだろう。まあ、そんな感じで、勉強になるのだが、アメリカの医師の38%がインド系っていうのはホントかな。確かに、かなり多いことは実感としてもあるのだが、3人に1人以上なんてことは、ないだろう。しかし、この著者は1965年生まれで、「11PM」にも出演していたというが、結構若い時に出てたのかな。昔、藤本義一が司会の時、インド人だかバングラデシュ人の青年が出てて、「私は嫁の裸を一度も見たことがありません」とか言って、藤本が「そんなことあるわけない」とか怒ってたことを思い出したのだが、それとは違うかな。あれはシークじゃなかった様な気もするが、嫁も嫁で、セックスしている相手がターバンとかして悶えていたりしたら、なんか笑ってしまいそうな感じもするが。
# * インド * Comment (0) * Trackback (0) *
■ チャーチルが愛した日本 
2008年06月27日 (金) 00:48 * 編集 *
チャーチルが愛した日本 (PHP新書 513)チャーチルが愛した日本 (PHP新書 513)
(2008/03/15)
関 榮次

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著者は沖縄出身の元外交官でハンガリー大使で上がりとなった人らしい。その意味では「大使もの」の系譜に当たるのだが、現在の肩書きは「ノンフィクション作家」なのだという。「わらしべ会乗馬センター」顧問という肩書きもあるそうだが、退官記念本の枠に収まらない作家活動はしている様だ。53年入省ということで、実際に現場でチャーチルと遭遇することがあったのかもしれない。しかし、チャーチルが日本を愛していたという話は初めて聞いた。日本に融和的な言動はあったのかもしれないが、それも老練な政治家としての礼儀上のものだったと思えるし、皇室関係に対しては同じ立憲体制にある国として尊重するのは当然のことだったのではないかとも思う。それでも現場にいた人からみれば、超一流国の首相が敗戦国に対して見下した態度を取らなかったことは印象深いものだったのかもしれない。駐英特命全権公使も勤めた著者はそれが「英国紳士」の中でも例外的なものであったことを感ずいてていたのだろう。その理由を探るうちに、チャーチルが受けた母親からの影響というものに気が付いた様で、この米国生まれの母親は日本に旅行したことがあり、その好印象を日記に残しているらしい。それが息子チャーチルに伝わったのかどうかは定かではないが、訪れた異国を美化することは、当時も今も上流階級の夫人としては至極当然のことの様にも思える。この人は夫(つまりウィンストンの父)の死後、64歳の時に、23歳下の男と三度目の結婚をしたそうだが、その方はちょっと驚いた。イギリス上流階級における母親と息子の関係は、王室の例をみても想像するに遠いところだが、マゾコン国家の元首には母親落としという手があるのかもしれん。
# * イギリス * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 中国残留邦人 
2008年06月26日 (木) 20:36 * 編集 *
中国残留邦人―置き去られた六十余年 (岩波新書 新赤版 (1119))中国残留邦人―置き去られた六十余年 (岩波新書 新赤版 (1119))
(2008/03)
井出 孫六

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井出孫六も懐かしい名前だ。1931年生まれというから、まだまだ現役で、著書もコンスタントに出している様だ。それにしても丸岡秀子や井出一太郎とは随分、トシが離れているな。造り酒屋が実家だそうだが、田舎では酒屋は豪商というのが相場であろう。ということで、秩父困民党も、満蒙開拓団も、本人の実感としてはない話なのだと思うのだが、逆にそのことが尾を引きずっているのかもしれない。『終わりなき旅』も、地元長野の開拓団の話が中心だった様な気がする。別に「新版」でも「続編」でもないのだろうが、例の裁判の話が後半にちょっとある以外は、あまり変わっていない内容ではなかろうか。「中国残留孤児」も最近は「真実」が語られる様になっているから、捨てられた日本人の子どもを我が子同然に育てた中国人の度量といった中共の宣伝は有名無実になってしまったのだが、「日中友好」に依拠した初期の「運動」をしていた人はそう簡単に「転向」する訳にはいかないだろう。それにしても、長崎国旗事件を今頃痛烈に批判されると、時代錯誤の感は否めない。しかし、あれから半世紀経って、地元長野に埋め尽くされた五星紅旗に著者は何を思ったのだろうか。
# * 中国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ テヘランでロリータを読む
2008年06月26日 (木) 11:47 * 編集 *
テヘランでロリータを読むテヘランでロリータを読む
(2006/09)
アーザル ナフィーシー

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すっかり有名になってしまった本だが、全米で大ベストセラーというのもさることながら、タイトルだけでも圧勝したというところもあるだろう。読んでみて、これは「小説」であるということは分かったのだが、著者の意図も自分なりの「英文学」を書いてみるというところにあったのだと思うのだが、読者は、これを「ノンフィクション」と受け止めたことが、このブームに繋がったのではなかろうか。「テヘラン」と「ロリータ」、つまり「イスラム原理主義」と「西洋退廃文化」という対比に白黒決着をつけたことを含め、この本はアメリカのイラン・イメージと齟齬を生じてはいない。アメリカのイラン・イメージは「米大使館占拠事件」のショックから抜けきれない「イスラム原理主義者」に支配された危険な国というものであるこては周知の通りなのだが、その一方で、シャー時代の親米的な世俗主義国家の時代の記憶があり、それを後押しする在米イラン人コミュニティーも強力なのである。言わば「革命」で「アメリカ的価値観」が失われたという意味でキューバと同質のイメージなのだが、その「喪失感」をテーマにしたのが、この作品であるという訳だ。文学のテーマとして「喪失感」が受けるのは、消費社会が進行している国でみられる村上春樹のブームをみても分かると思うが、「自分たちと同じ価値観を持った人間」を異国で見つけることは、読者にとってアイデンティティの再発見みたいな意味があるのだろう。この著者がシャー時代の価値観を体現した人物であることは説明するまでもないが、そこに「枷」が生まれ、文学的成功をもたらした側面もあろう。その意味ではソルジェニーツィンや戦前日本のプロレタリア文学と同じ構図なのだが、それが決して「告発文学」にならないのところは、著者の文学的素養とイランの文化水準の高さを表していると思う。
# * イラン * Comment (0) * Trackback (0) *
■ あなたのTシャツはどこから来たのか? 
2008年06月26日 (木) 01:16 * 編集 *
あなたのTシャツはどこから来たのか?―誰も書かなかったグローバリゼーションの真実あなたのTシャツはどこから来たのか?―誰も書かなかったグローバリゼーションの真実
(2006/12)
ピエトラ リボリ

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ちょっと前に話題になった本。なるほど、たしかにこれはアメリカ版「バナナと日本人」だ。かの国でも、児童労働の問題で、ナイキとかウォルマートが糾弾されて久しいから、こういう本も出るべくして出て、称賛されるべくして称賛されたというところだろう。その「手段」はTシャツだけでなく、ゆりかごからロケットまで、ありとあらゆる製品でのアプローチが可能かと思うが、アメリカから中国を往復してアフリカに辿りつく旅が、ポスト共産主義運動としての反グローバリゼーションに対する反証になっている様に思える。中国の「女工哀史」やアフリカの「白人のお古」といった、定型的な批判からは距離を置いたというか、反論する形でグローバリゼーションの動きを捉えているのは、著者がそれでも自由主義経済を信奉している証左にもなろう。その辺は「バナナ」や「エビ」の日本人とアメリカ人の違うところである。おそらくは、そうした観点からの批判も出ているかと思うが、チャイナタウンのスウェット工場や、国内で古着に頼る生活をしている貧困層など、アメリカ国内で完結する「Tシャツ」の行方は興味の対象外となっている。もっとも、この本がアメリカで話題になったのも、グローバリゼーションというものを対象にしたからであって、わざわざ中国やアフリカに行かなくても、アメリカに中国やアフリカがあることは自明のことだったのかもしれない。アメリカの高賃金も中国の低賃金と同じく、産業の空洞化を招いているという説明は秀逸だが、日本の中古輸出がもたらす第三世界の雇用についてもちょっと考えさせられる。
# * 米国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ モンゴルのストリートチルドレン 
2008年06月25日 (水) 23:23 * 編集 *
モンゴルのストリートチルドレン―市場経済化の嵐を生きる家族と子どもたちモンゴルのストリートチルドレン―市場経済化の嵐を生きる家族と子どもたち
(2007/04)
長沢 孝司

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この本によると、2、3年前からモンゴルのストリートチルドレンは、あまり見られなくなったという。日本で浮浪児が姿を消したのは、戦後何年経ってからなのか不明だが、ウチの親は昭和30年代にもいたなどと言っている。民主化でモンゴルの「戦後」が始ったとすれば、今はちょうど「昭和30年代」の時期ということになるのだろう。例の「マンホール・チルドレン」のピークも、90年代半ばだと記憶しているが、ようやくモンゴルにも「高度成長期」の灯りがともされたのだろうか。ならば一安心なのだが、それでは日本福祉大学がプロジェクトを組んで、このテーマに取り組む必要もなくなってしまう。モンゴルのカウンターパートはモンゴル国立教育大学SW学科だそうで、モンゴルで研究発表を終えたものを、日本向けに書き直したのだという。こういう福祉関係のプログラムは、やはり、現地で発表するというのが筋だろう。日本で完結してしまう研究に何の意味があるというのだろうか。日本側から1927年生まれの研究員が参加しているのも驚くが、モンゴル人留学生が、こうした研究テーマを持って日本にやって来るというのも頼もしい。どこの国とは言わないけど、こうした「自国の恥部」をテーマとする留学生は少ない様に感じる。もちろん、そこに「日本の経験」が生かされるアテがないと、わざわざ日本で研究する必要もないだろう。あまりにも、文化背景、政治社会体制が異なる国では、「福祉」という概念からして、普遍的なものとは言えなくなってしまう。その点、モンゴルのストリートチルドレンも「戦後」を背景にしたものから、現代社会に普遍的な問題を背景にしたものに変わってきている様だ。コラムでモンゴル人はウソをつけない民族という記述があるが、これはどうなのだろう。朝青龍問題もそれが原因だと言えばそうなのだが。
# * モンゴル * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 白蘭の歌
2008年06月25日 (水) 22:59 * 編集 *
映画

東京国立近代美術館フィルムセンター大ホール
監督:渡邊邦男 1939

前・後合編か。
編集ズタズタ。突然終わるなよ。
まあ李香蘭はカワイイけど、今の中国の抗日映画と文法が同じで笑える。
中国語の整合性はちゃんとしてんだな。さすがは満映。

# * 昭和萌え映画 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ ヤンコフスキー家の人々 
2008年06月25日 (水) 11:51 * 編集 *
ヤンコフスキー家の人々ヤンコフスキー家の人々
(2007/07/14)
遠藤 公男

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この著者は岩手の山間部で小学校教諭をしながら、趣味の動物学で新種の発見に勤しみ、動物小説なども多く書いている人らしい。物語の主であるヤンコフスキーとはその虎狩りの写真をみて肝をつぶしてからとのことだが、その「思想を大部迷わせた」というソ連の崩壊後、意気盛んに、この写真の主を追い求めていったらしい。当然ながら、帝国時代の写真の主が存命なはずはなく、その子孫を訪ねる旅となるのだが、その子孫たちの物語は大変な大河ドラマになってしまい、読んでて疲れてしまった。ヤンコフスキー家はその名が示す通り、元々ポーランド貴族の出だそうだが、沿海州に政治犯として流され、そこから、革命やら、大戦やら、満洲だの、北朝鮮だの、ラーゲリだのの流浪旅、ロシア、満洲、朝鮮、日本、カナダ、アメリカまで一家離散の物語が続く。それはそれで一級品のネタには違いないのだが、これまで動物ものの児童文学を手がけていたらしい著者には、なんか畑違いの執筆になってしまった様な感じがした。読者サービスなのか、変に濡れ場を挿入する癖があって、それが妙に浮いている。囚人船やラーゲリの話は本人から直接聞いているのか、良かったが、コイバナとか歴史解説などは、とって付けた感が否めない。もっと得意の動物ネタで勝負すれば良いのにとは思った。
# * ロシア * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 本当は怖ろしい漢字 
2008年06月25日 (水) 01:31 * 編集 *
本当は怖ろしい漢字本当は怖ろしい漢字
(2007/10)
小林 朝夫

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著者は小林亜星の次男。カリスマ塾講師だそうで、「国語の神様」の異名を持つのだという。元俳優とのこだが、亜星の息子だから、別に生活の為のバイトが本業になったという訳ではないのだろう。むしろ七光り的に見られることに嫌気がさしたのかもしれない。今回、彩図社から出すのも、自分の意思で動いたからなのだろうか。「本当は怖ろしい」ものはグリム童話のヤツが当たってから、その系譜が出来ていると思うのだが、身近なものに対する考えを改めさせると言う意味では、漢字はその最たるものなのかもしれない。「怖ろしい」話は前半だけで後半は「奥深い」話となるのだが、嫌韓ものに進出した彩図社が反中ものも窺っていたのかも。ここに書かれている起源がマユツバなのかどうかは阿辻先生にでも聞かないと分からないが、たしかに身の毛がよだつ様なことが多く書かれている。受験勉強にも息抜きにもならんだろうが、弾をダンと読むのは弓を弾く音が「ダン」だからだとか、参考にはなった。ニセモノ商品で責められている中国が半ば冗談で「漢字の著作権を主張する」なんてことを言ったりしているのだが、そんなことになったら、亜星も息子を守りきれんだろうな。
# * 中国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 団地巡礼
2008年06月25日 (水) 00:37 * 編集 *
団地巡礼 日本の生んだ奇跡の住宅様式団地巡礼 日本の生んだ奇跡の住宅様式
(2008/04/01)
石本 馨

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なんで後半は廃墟系になるんかいな。
# * 雑多 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 座 スラブ・ユーラシア学2 地域認識論 多民族空間の構造と表象
2008年06月24日 (火) 23:07 * 編集 *
講座 スラブ・ユーラシア学 第2巻 地域認識論――多民族空間の構造と表象講座 スラブ・ユーラシア学 第2巻 地域認識論――多民族空間の構造と表象
(2008/02/16)
不明

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北大のスラ研が獲得した「21世紀COE」の研究成果らしい。全3巻らしいが、カネが使えるだけあって、自前の出版局ではなく、講談社から。講談社も「ナントカ講座」じゃなくて、モノホンの「講座派」を出してみたかったのかもしれん。編者はスラ研の先生が一人ずつ出している様だが、執筆陣は自給自足ではなく、若手、中堅クラスを学内外から。「スラブ・ユーラシア学」というのが、どの辺までカバーできるもんなのか分からんが、「中央アジアとイラン」から始って、エストニアの「ヨーロッパ人になろう!」で終わっているのも、なにか意味がある順序なのかもしれない。その「ヨーロッパ人になろう!」が一番、面白かったのだが、単に最後だったから印象に残っているだけかもしれない。「現代中欧文学と地域アイデンティティ」なんてのもあるのだが、クンデラと亡命ロシア人作家の間で、ドストエフスキー論争なるものがあったとは知らなかった。何でもクンデラはドストエフスキーは、ロシアの匂いがするから嫌だとか言ったところ、ロシア人が怒ったとかいう話なのだが、こういう「旧東欧」人の「嫌露流」の言説は現在でも様々なところで糸を引いている。この論文でも、「東欧」を拒否して「中欧」を名乗りたがる人たちなどと揶揄されているのだが、最後のエストニア論文でも、ドイツ文化は尊重されるが、ロシア文化は遅れているものと捉えられているなどと書かれている。もっとも、帝政期からロシア人自身がそれを自認してきたフシもあり、そのコンプレックスが急進化して革命に繋がったという部分はあるのかもしれない。後はブリヤート人意識についてと、シベリア・ニュー・フロンティア説が興味深かった。その視点からシベリアと満洲の比較検証をやれば、面白い論文が一発できるんではないか。誰か既にやってるかもしれんが。
# * ヨーロッパ * Comment (0) * Trackback (0) *