世界読書旅
ここ数年に読んだ海外関連本の感想など
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■ 魯迅の政治思想 
2008年05月16日 (金) 22:37 * 編集 *
魯迅の政治思想―西洋政治哲学の東漸と中国知識人魯迅の政治思想―西洋政治哲学の東漸と中国知識人
(2008/01)
高 晃公

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(こうてるきみ)とルビがふってあるので、著者は日本人なのかもしれないが、かなり難解な本だった。魯迅を文学者としてみるか、思想家としてみるかについては、そもそも文学と思想は別個のものかという問いにも関係してくる訳だが、あの時代の中国における文人というものは、どういう存在であったかということも考えなくてはならない。儒学に奉ずる文人から、「新知識」である西洋思想を武器とした文人に主役が移ろうとする過程は、革命と道を同じくするものであったのだが、この時代の知識人が全否定して以来、政府レベルでは長らく断絶状態にあった「孔子教」が、最近になって政府に利用される様になったのも、「革命」が永続するものではなく、歴史の領域に入ったことを表しているのではないかという気がする。マルクス主義が「歴史の領域」に入っている世界では、魯迅は文学者として評価される訳だが、大陸中国においては「思想」の領域に未だ利用価値があるということか。ただし、魯迅の思想が、両刃の剣であることは、次の一文を読んでよく分かった。

「外国に硬骨漢が中国より多いのも、外国の酷刑が中国に及ばないためです。私はかつてヨーロッパで昔行われたキリスト教徒虐殺の記録を調べたことがありますが、その残虐さは中国の足下にも及びません。死んでも屈しなかった者は、歴史には姓名の前に『聖』の字を冠してあります。中国の青年で死んでも屈しなかったものは、いくらでもいますが、全部秘密にして発表しません。刑を受けて死ぬことができないと、友を売らなくてはなりません。こうして心の堅固な者はことごとく滅亡し、ふらふらな連中はますます堕落する。このままで行けば、中国に善人は一人もいなくなるでしょう。もしも中国が滅んだとしたら。それはこの政策をとったもののしわざであります」

毛沢東思想の否定は出来ても、魯迅の思想は否定できるものではないのである。
# * 中国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 戦争の映画史
2008年05月16日 (金) 21:39 * 編集 *
戦争の映画史 恐怖と快楽のフィルム学 (朝日選書 841) (朝日選書 841)戦争の映画史 恐怖と快楽のフィルム学 (朝日選書 841) (朝日選書 841)
(2008/04/10)
藤崎 康

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このテーマも山ほど出てるけど、わりとオーソドックスな観念論かな。
# * 雑多 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 核を売り捌いた男 
2008年05月16日 (金) 12:01 * 編集 *
核を売り捌いた男ー死のビジネス帝国を築いたドクター・カーンの真実核を売り捌いた男ー死のビジネス帝国を築いたドクター・カーンの真実
(2007/11/13)
ゴードン・コレーラ

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「核を売り捌いた男」とはカーン博士のこと。著者はBBCの記者で、カーン個人の評伝としてではなく、カーンのネットワークの究明に努め、リビア、イラン、北朝鮮の旧「悪の枢軸」への核兵器移転の可能性を探っている。ということで、かなりの長編なのだが、BBCのアメリカ国務省担当特派員という身分が、こうした「情報戦」の役割の一端を担っている可能性というものはどうなんだろうか。カーンのあの「謝罪メッセージ」は、たしかに奇妙な幕引きにしか思えないのだが、はたしてCIAの圧力にパキスタン政府が応じたという筋書き通りなのだろうか。パキスタンの核が「対インド」を名目にして、インドの核が「対中国」を念頭にあったことを考えると、インドの核を容認し、パキスタンの核には厳しく対処するというアメリカの姿勢(当然ながら、日本のそれに準じている)は核のドミノ現象をインドで止めたいというところなのだろうが、実際には核のイスラーム化を一番恐れているのであろう。フセイン政権を力で打倒したことが、カダフィの決断を促したとするなら、イラク戦争にも意義があったというものだが、次のターゲットであるイランに全力を傾ける中で、北朝鮮が漁夫の利を得るのは、たまったもんではない。この本によれば、リビアの核はカーン・ネットワークに丸々依存していただけなので、その根元を断ち切れば、自主開発能力のないリビアは、西側が与えたエサに食らいつくより他はかった様だが、イランや北朝鮮はそう一筋縄でいくものではない。この時代に、カーン・ネットワークだけが独占できる技術や資材などがある訳でもなく、つまるところ、カーン・ネットワークが管理を逃れ、自由に行動できたことが、問題を複雑化させたということなのだろう。ただ、そうなると、なぜ、カーン・ネットワークが制約を受けなかったかということが問題になってくるが、これも9.11並みの陰謀論の世界と関係してくるかもしれない。ひょっとすると、リビアは最初から当て馬に過ぎなかったのではないかという疑念も生じてくる。
# * パキスタン * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 太ったインディアンの警告 
2008年05月16日 (金) 02:50 * 編集 *
太ったインディアンの警告 (生活人新書)太ったインディアンの警告 (生活人新書)
(2006/10)
エリコロウ

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「太ったインディアン」は何かを捩ったタイトルの様に思ったのだが、「痩せたソクラテス」じゃなくて、何だったか思い出せん。で、そんなことはどうでもよいのだが、これはタイトル通り、アメリカ・インディアンが白人食文化を受け入れたがゆえ、太って、病気になり、死んでいくというシャレにならないお話。著者はインディアンものを何冊か出している人らしいが、日本人。ダンナは白人っぽい。ジャンクフードの害については、もうタバコと同じくらい類書が出ているから、今さら啓蒙でもないんだろうが、在米の白人家庭に嫁いで、アメリカン・インディアンの研究をしているという、正に「最前線」にいる人から言われると、たしかに説得力がある。親族も俎上に載せているのだが、相手が日本語を読めないことをいいことに、もう言い放題。デブとか、チビ、ハゲといった身体的特徴をあげつらう表現は、向こうでは日本より許容度が高いのだろうが、日本だったら絶縁ものかもしれん。しかし、政府の食糧援助を背景としたインディアンの食生活の変化は、戦後日本のソレと重なる。ララ物資は日本に「粉もん」文化も根付かせたのだが、米飯が高カロリーで、身体によくないという認識もあったとは知らなかった。「節約遺伝子」は仮説に過ぎないらしいが、白人にとって米は遺伝子が受け付けない食物なのかもしれない。最近の「牛乳論争」もそうした文脈で争われている様だが、粉ミルクで育った世代が後世の遺伝子も変化させるには、何世代必要なんだろうか。肉食自体が、まだ100年くらいだが、「中国製」を常食する様になったのは、ここ10年くらいか。私の「節約遺伝子」もやはりパニクってしまったのだろうか。
# * 米国 * Comment (0) * Trackback (0) *
■ ガイドブック 小林多喜二の東京
2008年05月16日 (金) 01:46 * 編集 *
こばたけ
ガイドブック小林多喜二の東京
「ガイドブック小林多喜二の東京」編集委員

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蟹工船が売れてるらしいから、こんなんも出るか。
# * 雑多 * Comment (0) * Trackback (0) *
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