世界読書旅
ここ数年に読んだ海外関連本の感想など
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■ ミクロネシア 
2008年05月11日 (日) 22:02 * 編集 *
ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦 (アジア太平洋研究選書 6)ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦 (アジア太平洋研究選書 6)
(2007/11)
松島 泰勝

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早稲田も出版の方では東大はもちろん、慶應にも大きく水を空けられている様だが、これも例によって「生徒1流、教師3流」の弊害なのかもしらん。慶應出版会も慶應卒の著者ばっかだが、早稲田出版部は早稲田卒に加え、早稲田教員著者の自給自足が多い。自分の読む本の著者をみても、早稲田はマスコミ系では慶應に圧勝しながらも、研究系では完敗している感じ。自前の研究者を育てる必要があるのかもしらんが、この著者も早稲田卒ながら、在外大使館調査員を経て東海大海洋学部准教授という人なのだとか。この地域を専門にしている人は文化人類学系とかが多そうだが、著者は経済方面の様で、「ミクロネシアの中国・台湾」という章もあって、これは調査員時代に調査させられたテーマなのかもしれない。この地域が中台の草刈場になっていることは知られていることだが、日本のODAがその威力を発揮できる数少ない地域であるだけに、こうした「政治的バラマキ」文化に蝕まれていくのも複雑なところである。とはいえ、著者が政府の代弁者ではないことは、石垣島出身(沖縄の離島を転々としているのは親が教員かなんかなのだろうか)という背景からも明白だ。元々沖縄を専門にしている様で、ミクロネシアも沖縄との関連で捉えるという内地の人間には、なかなかできない視点。当然、そこには日本軍は侵略の史観があり、ミクロネシア人の抵抗史観があり、米軍基地経済に依存しながら米国に対する複雑な思いと、沖縄ならではの「連帯性」みたいなものが覗える。しかし、日本支配下で在住「日本人」の六割を沖縄出身者が占めたという話からも分かる様に、そこには植民地の先兵としての「加害者」の視点も必要であろう。著者も「教育者」としてその辺は意識している様だが、「米国」と「日本」に対するアンビバレンスな意識から「解放」されるには、やはり政治的な「束縛」が必要である様だ。
# * ミクロネシア * Comment (0) * Trackback (0) *
■ ポストコロニアル国家と言語 
2008年05月11日 (日) 12:24 * 編集 *
ポストコロニアル国家と言語―フランス語公用語国セネガルの言語と社会ポストコロニアル国家と言語―フランス語公用語国セネガルの言語と社会
(2007/12)
砂野 幸稔

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如何にも博士論文ものっぽいタイトルだが、その通り。セネガルの言語調査はそれなりに興味深いのだが400ページもあると結構辛い。読むのに2時間くらい費やしてしまった。博論といっても、平成8年から足掛け10年以上も科研を使って研究してきたものらしい。セネガルでウォロフ語の通用度が全国的に高いのに、なぜ公用語化されないのかについては、国民の構成が多民族多言語、民族言語が教育言語として適しない。「国際言語」の有用性といった実利的な理由によって、旧宗主国の言語を公用語とするのが適当というアフリカ各国に共通する実利的な言語政策であるとするのは簡単なのだが、著者はそうした一面的な見方では説明しきれない事情をそこに認めたのだろう。実際にアフリカではスワヒリ語やハウサ語といったリンガフランカが、公用語に定められた国もあったり、ほぼ単一言語で構成される国が、公用語として旧宗主国の言語を選択している場合もある。実質的に、国民の共通語として機能しているセネガルのウォロフ語が、公用語の地位を獲得していないのは不自然と言えば、不自然であるのだが、公用語化することのメリットデメリットは、日本の様な「国民言語」が完成されてしまった国のモノサシでは測りえないものがあろう。その一例として、フランス本国の言語政策の影響があるとも思える。独立運動をリードしたサンゴールはその実、カトリックでフランス人妻を持つ「フランス人」(事実フランス国籍を保持し続け、大統領引退後はアカデミー・フランセーズの会員としてフランスで過ごしたという)であったのだが、そうした下地の上に成り立っていたネグリチュード運動が大多数のセネガル人にとって、共感の対象でなかったことは事実であろう。この国で巨大な影響力を持つのはイスラム教であり、ムリット教団である。ウォロフ語が拡まったのもそれが教宣言語として教団で使用されたということもある様だが、この教団がフランスによる統治に協力する道を選んだことは、フランス的価値観の温存、しいてはサンゴールの統治に繋がったのかもしれない。最近では東ティモールに、ブラジルとポルトガルが教育資源を大量に送り込んでいるのだが、独立運動の指導者が植民地エリートから生まれることが必然である以上、国は独立せども、言語が独立することは難しいのであろう。その意味では明治維新の偉大さというものを改めて思い知らされるのだが、100年後の未来に夢を託す様なことを、新興独立国に求めるのは酷であろう。
# * セネガル * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 満洲移民 飯田下伊那からのメッセージ 
2008年05月11日 (日) 02:14 * 編集 *
まんしゅ
満州移民―飯田下伊那からのメッセージ
(2007/06)
不明

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この飯田市歴史研究所というのは官営の組織なのだろうか。よく分らんが、私の住んでる自治体にはそれに該当する様なものは、なさそうだし、この本でも認めている様に、飯田という所は郷土研究が盛んな土地なのかもしれない。私は飯田市とは縁もゆかりもない人間なので、そのことに関してどうのこうの言うわけではないのだが、物凄く中国に気を遣った本に仕上がったのは、最初から狙い通りなのか、色んな柵でそうなったのかは知りたいところだ。たしかに、敗戦後に開拓団が中国人に襲われてことなども書いているのだが、中国人の見解を併記した上で、日本人がしたことを考えれば仕方がないという結論にしてしまうのは如何なものか。中国人が逃避行する日本人を助けたなんていう怪しげな「美談」を最初と最後に持ってきたのは、「中日関係に配慮」したものなのかもしれんが、どうもプロパガンダ臭は拭えない。編者の中に中文が読める人はいない様だが、「日中友好系」や、創価学会の本をソースにしているので同じことか。それにしても、例の長崎の事件を「中国国旗侮辱事件」と呼ぶとか断っておきながら、後の文では「長崎国旗事件」になっているのは笑った。なるほど「公式」には「中国国旗侮辱事件」か。飯田の高校生は、この本を読んで感想文とか書かされるのかな。まあ「大地の子」に感動した日教組教員が、「友好的」に採点してくれるのだろう。
# * 中国 * Comment (0) * Trackback (0) *
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