岩波だし、高文研の「観光コースではない」と近いノリではあるのだが、これは大阪市大と東京外大の講義録が基になっているという。著者はフィリピン史などをやっている人らしいのだが、「ナショナル・ヒストリー」に対しては批判的な立場である様だ。講義が2005年ということで、それが「反日」問題を念頭に置いたことであることは分かるのだが、日本の「ナショナル・ヒストリー」ばかり批判しても、「衝撃映像」をみたばかりの学生さんは納得しないだろうし、「お互いの狭隘なナショナリズム」みたいな言葉で誤魔化しても、映像の力には到底太刀打ちできない。そこで、東南アジアという一見、ニュートラルな位置から「歴史認識」を眺めてみようじゃないかということにした様だ。それで調査旅費をゲットし、「観光コースでない」東南アジアの戦争遺跡を著者が歩いてきた訳だが、タイではあの「戦場にかける橋」など「観光コース」になっていたりもする。それには別に批判的ではないのだが、タイ語の通訳が、ニュースで勝手に歴史を解釈したことには激怒している。『ビルマの竪琴』批判は東南アジアプロパーにとっては定番な話なのだが、基本的に批判の矛先は日本側に限っている様だ。例外はフィリピン人のガイドで、日本人に媚びた「歴史認識」を糾弾している。シンガポールやマレーシアなどでは、案内する側が華人になるので、マレー人やインド人はまた違う見方かもしれないと含みを持たせているのだが、華人の影響力がある以上、東南アジア各国が「中国側」につく恐れがあるというのはどうだろうか。インドネシア独立軍やアウンサンといった「大日本帝国」を肯定せん言説を警戒している様にもみえるが、東南アジア各国の「ナショナル・ヒストリー」において、華僑が中心の共産党が絡んだ「抵抗」の歴史が、それら「独立英雄伝」より高く評価されることは、ありえないだろう。少なくとも「歴史認識」の文脈では、東南アジアが中国に追従することは難しいのではなかろうか。

