世界読書旅
ここ数年に読んだ海外関連本の感想など
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■ 競争しても学力行き止まり 
2008年05月04日 (日) 23:02 * 編集 *
競争しても学力行き止まり イギリス教育の失敗とフィンランドの成功 [朝日選書831] (朝日選書 831) (朝日選書 831)競争しても学力行き止まり イギリス教育の失敗とフィンランドの成功 [朝日選書831] (朝日選書 831) (朝日選書 831)
(2007/10/10)
福田 誠治

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著者はフィンランド教育伝道者として、全国に講演行脚する日々らしい。相当売れたらしい前作に続く第二弾は失敗例とししてイギリスを挙げ、フィンランド型こそが日本の道と説くのだが、ゆとり教育批判に抗し、反学力至上主義を掲げたもの。現場の教師には力強い援軍なのだろう。日本や東アジアをモデルに「新保守主義」を志向したイギリスの教育が失敗に終わったというのも、あくまで「学力」というモノサシで図ったことなのだが、その点では未だ「新保守主義」が「新自由主義」に圧勝しているのではないかという気もする。その意味ではフィンランドはあくまで例外であって、「新保守主義」でも「新自由主義」でも結果が出せなかったイギリスと比較しても意味がない様にも感じる。日本人に足りないのは内容よりも論理性だそうで、インターネットに氾濫する「独りよがり」の「書評」や「感想」は、日本の教育が悪いからということらしい。ネット上の「個人」の「感想」が独りよがりであるのは当然なのだが、エライ先生でもそんなもんが気になるのかな。フィンランドのネットではこうしたナンデモありの感想が許されないのかもしれないけど、自由にモノを言えない社会っていうのも恐い。講演で否定的な感想を聴くとガッカリするらしいが、一般人には考えられない謝礼を貰ってるんだし、読者や聴取者が自分と違う意見であっても、トンデモであっても、「対象化、相対化」して、受け止めてくれてもよかろうに。この本も随分と印象操作にも感じるのだが。
# * ヨーロッパ * Comment (0) * Trackback (0) *
■ フリーダ・カーロのざわめき 
2008年05月04日 (日) 11:54 * 編集 *
フリーダ・カーロのざわめき (とんぼの本)フリーダ・カーロのざわめき (とんぼの本)
(2007/09)
森村 泰昌

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新潮社のとんぼの本であるが、芸術新潮編集部が関与しているということは「芸術新潮」で連載とか特集でもあったのだろうか。執筆者になっている森村泰昌はフリーダ・カーロに扮してセルフ・ポートレート展をした人だが、マイナーといわれるフリーダを日本はもっと評価すべきという理由だったらしい。二度も映画化されているフリーダはメガトン級のメジャーな人だと思っていたが、どうやらゲージツ好きにはイロモノ扱いであった様だ。その点、ディエゴ・リベラの評価はどうなのかも知りたいところだが、ディエゴにイサム・ノグチ、更にはトロツキーというその男性遍歴の方が、その作品より人々の関心を集めていることは否めない。「知識人」とは「知識」でなく、「人」であるということを前回書いたばっかりなのだが、その意味では「芸術家」とは「芸術」ではなく、「家」であるということなのかもしれない。この本には文字通り、フリーダとリベラの「青い家」も「建築探偵」によって紹介されているのだが、そうした観点でいくと、森村のセルフ・ポートレートという手法は、確かに「芸術家」を体現する斬新な行為とも思える。とはいえ、やはり作品そのもののパワーが圧倒的であることを視覚的に証明するのが「とんぼの本」の仕事。私も森村と同じく、フリーダの絵日記が一番素晴らしいと思うのだが、映画はもういいから、早くこの絵日記を日本で出して欲しい。
# * メキシコ * Comment (0) * Trackback (0) *
■ 幻の日中和平工作 
2008年05月04日 (日) 01:48 * 編集 *
幻の日中和平工作―軍人今井武夫の生涯幻の日中和平工作―軍人今井武夫の生涯
(2007/11)
今井貞夫

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副題が「軍人 今井武夫の生涯」。息子が亡父の生涯をまとめた、よくある自費出版と言えばそれまでなのだが、そのスケールの大きさは、そこら辺の一般流通書を大きく凌駕していることは間違いない。序文を伊藤隆が書いているのだが、元々、住友電工に勤めていたサラリーマンだった著者が、亡父の遺した膨大な史料を政策研究大学院で、伊藤隆と整理したことから始ったものらしい。この主人公である今井武夫という人は陸軍の「支那通」として桐工作など日中和平の道を探っていた人で、その功績が国府に評価されたのか、少将ながらも戦犯にならずに帰還した人とのこと。監修者の人が解説で過剰なほど持ち上げているのだが、確かにとても素人の手によるとは思えない、歴史史料としてもよくできた評伝となっている。監修の人のゼミにも参加して、明るく振舞っていたとのことだが、こういう自分より年上で、しかも歴史的人物の子息であり、更には貴重な史料をまとめあげようとする「学生」には、教授としても頭が上がらないものだろう。願わくは中国側の事情と突合せを専門家に望むなどとも書いているのだが、伊藤隆は劉傑を呼ばなかったのかな。著者は父が45の時の子で、2歳で敗戦なのだから、知っているのは「戦後の父」の姿のみであろう。父は昭和57年まで生きたというから、幾らでも話を聞く機会もあっただろうが、長く大阪でサラリーマンをしていたという息子は、戦中のことは全く関心がなかったとのこと。戦後の父については、ほとんど書いていないのも何か軋轢があったのかもしれない。まあ息子というのは、自分の人生を振り返れる余裕ができた時に、自分の知らない父の姿に思いを馳せるものではある。愛憎半ばした状態では、父親の評伝を客観的に認めることは難しいだろう。その点は、長姉からの伝聞以外は「等身大の父」を歴史に当てはめることができなかった著者の評伝は成功しているように思える。盧溝橋や南京、バターン、或いは東京裁判の評価は父の影響というより、著者自身の史観であろう。辻政信や汪兆銘、陳璧君の評価は父の伝聞によるものだろうが、辻政信の狂人ぶりは有名な話であり、汪兆銘、陳璧君が高潔であったことは、それを口汚く弾劾する連中の腐敗ぶりを見せ付けられているだけあって、逆に日本では年々評価が高まっている様な気がする。監修の人が感動したというのは、長男の死に関するエピソードなのだろうが、私は最後に日中国交正常時に、今井武夫が寄せたという、「日中国交正常化を謳歌するのは当然としても、自分たちの功績であったというような、先覚的な言動をする軽薄な日本人の人々がおり、終戦当時の人心の変身振りを再び経験した感じである」という一文をあげたい。
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