![]() | 「漢奸」と英雄の満洲 (講談社選書メチエ 404) (2008/01/11) 澁谷 由里 商品詳細を見る |
前作は「馬賊」だったが、この続編は「漢奸」となってしまった満洲英雄伝。馬賊も漢奸も中国社会では究極のアウトローである訳だが、その様にに評される人物が権力を握り、英雄として表舞台に立ったのも中国の歴史である。漢奸は現代中国人にとって最大の侮辱言葉でもあるのだが、自分が漢奸でないことを証明するには「反日」というものが手っ取り早く、日本人が中国で「良心派」と呼ばれるにも同じことである。「歴史」は本来、多面的なものなのだが、「正史」以外の解釈を認めない国では「歴史認識」とは「歴史を知る」ことではなく、「正史に異議を唱えない」ということである。そうした中国の制約には著者の世代の日本人が違和感を覚えるのは当然なのだが、満洲国の官僚を日本人が論ずることに対する中国の抵抗感については、その通りだと思う。張作霖、張学良の様な有名な父子以外に、著者が長年研究を続けているという王永江父子など、全て親子を軸にした関係で「漢奸」を論じていくのも、馬賊と英雄、或いは官僚と漢奸といったものが、父子関係の様に表裏一体であるということを表しているのかもしれない。張景恵の息子が、「撫順の奇跡」を演出した側の人間だったとは知らなかったが、たしかに「戦犯」を改造するのも、人間は表と裏をひっくり返せるものだという思想と関係しているのだろう。この「奇跡」の過程において、ソ連の影を指摘しているのは秀逸だと思う。しかし、著者が「歴史」を追いかけられるのもそこまでで、「文革」で「漢奸」たちが具体的にどの様な運命を辿ったのかは、後の統治者が「正史」を著すまで、記録として表に現れることはなさそうだ。






