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2021年04月17日Sat [21:36] ドイツ  

独裁者ヒトラーの時代を生きる



BSスペシャル本。BSは何度も再放送されるし、最近はコロナ禍が理由なのか、予算的人員的理由なのか、昔の番組ばかりで、地上波にも回す様になってきている。受信料値下げ当然ではあるが、この『独裁者ヒトラー 演説の魔力』も何回放送したんだろう。ヒトラーものは欧米が大好きだから、幾らでも買ってこれるのだが、自前で作れば売れるという換算もあったのかな。ヒトラー演説を研究している学習院の学者に着目したもので、特に反アベ関連では無さそう。実際にヒトラーの演説を同時代で聴いたことがある人は軒並み90歳以上であるのだが、意外と探すのが難航したのは単に年齢的な理由だけではないのかもしれん。「時代の精神」として、ヒトラー・ユーゲントに入り、その言説に疑問は持たなかったという証言がドイツでは普通にできるのかどうか分らんが、韓国で若者に殴り殺された老人みたいな事態が起きない空気ではなかろう。日本のテレビだから話したということでもなかろうが、懺悔さもなくば沈黙という空気こそが歴史修正主義への加担かとは思う。

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2021年02月25日Thu [03:54] ドイツ  

愛国とナチの間 



朝日のベルリン支局長だった人らしい。ドイツプロパーというのはもう新聞社には存在しないのだろうが、ドイツに倣ってみたいな言説を採る輩も、もう特派員には起用されない様だ。つまりはもう歴史認識はローカルイシューそれも日中から日韓に縮小した状態なので、ここで愛国とナチの間というタイトルを付けたところで、それはドイツ国内の分断であり、翻って日本はみたいな話にはもうなっていない。著者が意識しているのも日本の右傾化ではなく、トランプ政権後の世界的ナショナリズムの台頭であろう。その原動力が難民の存在であることはヨーロッパでは否定のしようがない。ただ、ドイツはナチスの反省から或いはメルケルのリベラル志向から難民を受け入れているといった言説は検証が必要であると思われる。日本でも自民党側から移民受け入れ議論が出ている通り、ドイツもその国力を維持するには人口も労働力も必要であるという動機は得てして無視される傾向にある。つまりは愛国と移民受け入れは矛盾するものではないのだが、ドイツも日本同様、愛国は長年否定されてきた概念であり、そこにドイツ的なものが含まれるというのは一般的理解であろう。自国の文化は否定されるのに、移民の文化は称揚され、保護されるという不満が生じるのも無理はないと思うが、この辺は国旗国歌が否定され、日本は四季があって好きと言ったらネトウヨ認定される我が国も危うい芽があるのかもしれん。

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2021年02月17日Wed [01:42] ドイツ  

ヒトラーの脱走兵 



ナチス諸悪の根源論だと、脱走兵は英雄ということになるが、そうはならずに、今に至るまで、そうとは思っていない人がいるという現象を論説。どんな理不尽でも軍人は命令に服すものだという言説は今の人権時代にどれだけコンセンサスが得られているのか分らんのだが、日本で洪思翊中将が評価されるのも、国家論を超え任務責任を全うしたからではあろう。ただ、一般兵士レベルでそれを求めるのは酷というのもたしかで、日本軍もドイツ国防軍同様、脱走は死罪であったはず。国土も戦地も戦況も異なるが、ドイツでは日本とは比較にならない数の脱走兵がいて、死刑の数も群を抜いていたらしい。戦後そうした難を逃れた人が名乗り出たところ、周囲の称賛どころか、非難を浴びて、運動家として先鋭化していく。こうしたプロセスは最近の「リベラル」の先鋭化と似ているのだが、脱走という過去の事象ではなく、運動が敬遠され、それを無知大衆の無理解だと思い込んで先鋭化するというパターンである様な気もする。戦争の様な極限状態に於いて、少なくとも一兵士レベルでは生き残ってラッキーだったという程度にしとかないと、そこで死んだ者たちが浮かばれないというのはあろう。

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2021年01月30日Sat [19:25] ドイツ  

ヒトラーの大衆扇動術 



彩図社の文庫化か。著者は韓国人と思われるが、在日なのか本国なのかは不明。訳者のクレジットは無いので、日本語原文っぽいのだが、韓国科学技術院修士とある。孫子や君主論の超訳本とかも出しているので、ビジネス本作家か。ということで、日本はナチスと同罪とかのたまう人ではなく、ヒトラーもただ¥ビジネス論的に関心があるだけの様だ。扇動術というのはビジネス・リーダーには欠かせないものであろうし、むしろ政治より商売の世界で力を発揮するのが常である。政治の世界に入るまで、パッとしなかった人生であったヒトラーがのし上がったのも、こうした力の賜物であった訳だが、ヒトラーが商売の世界に入ったとしても成功したであろうと思われるのは彼が人間関係の構築にも優れていたからである。当時のドイツ人の基準に照らし合わせても変人であり、誇大妄想家であり、家族や宗教などには捉われなかったヒトラーが組織を国までを掌握できたのかはやはりそれを支えた人々との関係が破綻しなかったではあろう。

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2021年01月16日Sat [03:11] ドイツ  

物語東ドイツの歴史



ドイツに倣って式のドイツ理想国家論に依拠すると東ドイツは失敗国家で、全否定すべき対象であるか。そうしたドイツ幻想主義者が触れられたくない極右、移民排斥も旧東独がメインということで、かつて社会主義の成功例とされた東ドイツも、もはや左翼の歴史から抹消されようとしている。そうした文脈に著者が異を唱えた訳ではないが、あえて、東独否定論はとらないことにしたという。オスタルギーも言わば文化無罪論であるが、時代が過ぎれば、ナチスの様に体制が悪なら文化も人も全否定すべきものという風になるかもしれない。それほどシュタージの衝撃は強烈であったのだが、当時の東独市民にとって、それはそこにあるものであって、実際に圧迫を感じていたという人はそういなかったのではないかという指摘。特高だって、別にほとんどの市井の人にとっては警察と同じようなものであったろう。結局、時代が終焉すれば、如何に苦しい時代であった事を示す物語が新しい時代の希望となり、その時代に抗した者だけが英雄となるのである。

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2021年01月14日Thu [04:21] ドイツ  

鉄道のドイツ史 



「鉄道人とナチス」は前に読んだが、鉄道とナチスという王道テーマのドッキングは売り上げ的にはどうだったんだろう。国書刊行会だから、限界はあったのだろうが、中公新書に引き上げられたんかな。本人も恐縮している様なあとがきであるのだが、前書と内容的に被っているのかどうか記憶に自信が無い。今回はナチス前の話がメインなので、鉄オタにアピールするところだが、鉄道技術、装備話ではなく、資本や経済、人材の歴史といった感じなので、その辺もどうだか。ドイツ近代化に於ける鉄道の役割という点では甚大なものがあるだろうし、それがナチスに繋がったとも言えないこともないのだが、日本の様に石炭輸送の役割を以て鉄道建設が発展したということでもないのか。むしろ先に工業化があって、それを補完する役割を担った訳だが、そこに資本が蓄積され、技師が存在していたというところが大きい。同時にナショナリズムも鉄道は運んでいくのだが、今の中国の高速鉄道もそうした要素はある。

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2021年01月13日Wed [03:00] ドイツ  

こんなに違う!?ドイツと日本の学校 



産能大学出版部。著者が産能の関係者かどうか分らんが、和辻哲郎の孫らしい。その関係で姫路観光大使とか、ドイツ留学などをキメたみたいだが、別に風土論的な比較文化を論を展開している訳ではなく、元々数学教師とのこと。オンラインサロンなども主宰しているそうだが、怪しいものなのかどうかは知らん。それほどドイツに学べ式の話は無いのだが、自主性のドイツ、集団性の日本という線にはなるか。社会の違いも学制の違いもあるから、一概にどっちが優れているという訳ではないのだが、12歳で一生の運命が決まるみたいなことに今のドイツがなっているかというと、そうでもない。日本でも「十五の春」とか言われた時期もあったので、その意味では人生何があるのか分らんというのが普遍ではあろう。

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2021年01月11日Mon [18:33] ドイツ  

ドイツ史学徒が歩んだ戦後と史学史的追想 



こちらも今年90歳になる名誉教授。共産党系の人らしいが、年代的にマルクスボーイを生涯貫いたという感じらしい。徴兵にも学徒動員にも引っかからない戦後デビューだから、レッド・パージになった訳でもないか。それでも大学で邂逅した会田雄次は評価していて、マルクスボーイが大塚史学を叩きのめそうと待ち構えている中、講演に来た大塚久雄に返り討ちに遭ったなんてことも書いている。同志社では長年組合活動をしていたそうだが、9条の会がその人生の支柱であったとのこと。ドイツ統一前であったので、共産党も今見たいにドイツに学べとかナチスがー的な事はあまり言っておらず、西独の階級論などをやっていた様だ。実際は東独の方が階級社会であった訳だが、ドイツに倣え論は近年、中国が始め、最近韓国に引き継がれたものだから、オールド共産党人士にとってはあまり関係ない。

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2021年01月03日Sun [16:05] ドイツ  

旧ドイツ領全史 



パブリブ本。「ドイツ植民地研究」の第二弾の様で別物。著者も違う人。植民地の定義は諸説あるが、「ドイツ領」の本質はやはりこちらの近接地域ということになるか。現在のドイツでこうした旧ドイツ領をどう教えているのかはよく分からないが、武力を以て侵攻し、その土地の人々を追い出してドイツ人を入植させたという植民地史観を教えている訳ではなかろう。そもそも「ドイツ」以前の歴史がドイツの失地回復により割を食わされた形である。ドイツの戦後がスターリン主義の時代でなければ人間まで追放されるということはなかったのかもしれんが、単純に新生国家樹立というプラグマティズムに立てば国内の分断要素を排除する必要はあったのかもしれん。国家の統一性という観点だけで見ればポーランドは成功したと言えるだろう。つまるところ、ドイツと近隣諸国の歴史認識問題とは追放と帰還の問題に帰結するのだが、ナチスとユダヤというインパクトのある物語に覆い隠されて単純化され利用されてしまっていると言えよう。やはり歴史は政治ではなく、歴史である以上、大きな物語で俯瞰する必要はありそうだ。

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2020年12月20日Sun [20:53] ドイツ  

世紀末ベルリン滞在記 



文字通りの滞在記だと思って読んでいたのだが、どうもフィクションっぽい。自身が関係した「物語」としているのだけど、所謂メタフィクションってやつか。完全に起こった事実をだけを書いた旅行記はこの世に存在しないとも思われるので、これはこれで良いのだが、移民を受け入れることにより、日本は差別大国で無くなるというリベラルがどれだけ「ドイツに学んでいる」のかというテキストとして読むのが妥当であろう。少なくともハイキングの途中で出会ったドイツ人に日本を批判され、日本に反省を促すフィクションよりは現実的で建設的である。実際に日本が嫌いで海外に移住した人は海外で愛国心の発見は伴うだろう。他の外国人に対する優越主義とドイツ人に対する劣等主義を行ったり来たりという表現があるが、リベラルしぐさだとその辺のバランスを他の外国人に求められないので、日本語で日本人に対する優越心をつぶやくしかないか。

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2020年12月17日Thu [17:47] ドイツ  

ドイツ統一



別にコロナで忘れられた訳ではなかろうが、今年はドイツ統一30周年。岩波新書も本来なら、それなりの新著を用意したのだろうが、2011年原著の翻訳で落ち着いたか。訳者が指摘している通り、事件としては前年のベルリンの壁崩壊の方がインパクトが強いし、統一はシステム的なものに過ぎない。統一がバラ色ではなかったという評価が歴史的にも固まりつつある今ではコロナ下であえて歓喜の宴を催す向きもないか。岩波新書には珍しい翻訳ものということもあるが、淡々と時系列に事実関係に記した書。ドイツ人が覚めているのかどうかは分らんが、日本以上に学者は愛国スタンスにはブレーキがかけられてしまうものなのであろう。

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2020年11月24日Tue [21:41] ドイツ  

W



高徳本も出ていたのか。日本復帰前でもちろんコロナ前。意識高い系なのは那須のユーチューブを視て知っていたのだが、その辺ライターが勘案したのかどうかは分らん。ハーフでなくダブルだという主張をタイトルに持ってきたのに、文中ではハーフを使ったりしているので、別にポリコレ戦術を行うつもりはないらしい。掴みでいじめ、アイデンティティなどのお約束もあるが、ドイツでの話はその辺が尻すぼみになっている。日本で外人と言われ、ドイツでも外人と言われるというパターンは踏襲していないので、ドイツではそういう経験は無かったのだろう。ドイツで自分が日本人だと意識する様になったということも無かった様だ。ドイツでは人種はセンシティブ過ぎる話題であるので、あえて誰もその手の話はしなかったということかもしれん。基本的にサッカーもので、それ以上のものを求める読者層は想定していないと思われるが、色々と噂が出ているあの宗教に関してももちろんノータッチであるが、たとえ二世であっても宗教活動とは無関係である以上、報道する必要はないというのが日刊カルト新聞の見解。両親や同じ道に進んだ兄弟は露出しているが、自身の家族、信仰などのプライベートに関しては非公表という立場を貫いている様だ。

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