世界読書旅
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■ 物語イスラエルの歴史
2008年07月21日 (月) 11:32 * 編集 *
物語イスラエルの歴史―アブラハムから中東戦争まで (中公新書 (1931))物語イスラエルの歴史―アブラハムから中東戦争まで (中公新書 (1931))
(2008/01)
高橋 正男

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中公新書の例のシリーズなんだけど、イスラエルの歴史に限っては、色んな筋の息がかかってそうだな。この著者は60年代にイスラエル政府給費生としてエルサレムに留学した人らしいが、この分野では大御所ではある様だ。ユダヤ人が、果たしてパレスチナの地にイスラエルを建国することが妥当なものなのかについては、その根拠となっている「ユダヤ人の歴史」のロジックを認めるかのかという話になってしまうのだが、さすがに紀元前の話となると、例えその「歴史」が事実だとしても、それに先住性を認めるのは難しいと言わざるおえない。そこまで昔ではなくとも、コソボも問題も似た様なものであるからにして、今後もイスラエルをモデルとした主権主張の提起が各地でなされることになるかもしれない。とはいえ、紛争解決においては、双方の主張を聞くことが重要である以上、ユダヤ人の主張する「イスラエルの歴史」にも耳を傾ける必要はあるのだろう。しかし、歴史オンチにとって、「近代」に到達するまで250ページ以上というのは相当辛い。シオニズム運動くらいからは、なんとなくついていけるのだが、第一神殿時代とか第二神殿時代なんていうのは、正に「物語」の時代ではなかろうか。それにしても、ホロコーストにほとんど言及がないのもユダヤ本としては珍しい。イスラエルが、あくまで「世俗国家」である以上。イスラエルの歴史と、ユダヤ人の歴史というものは分けて考えるべきものなのかもしれない。その意味では「出エジプト記」の方が、「ホロコースト」より、建国神話としてふさわしいものなのだろう。
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■ モサド前長官の証言「暗闇に身をおいて」 
2008年06月14日 (土) 13:13 * 編集 *
モサド前長官の証言「暗闇に身をおいて」モサド前長官の証言「暗闇に身をおいて」
(2007/11/22)
エフライム・ハレヴィ

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タイトルだけ見ると、暴露ものかな面白そうだと思うのだが、その点においては何も書いていないに等しい。というか、ただの政治家の回顧録。元々モサドプロパーらしいのだが、EU大使とか外交官生活も長かったらしく、イスラエルとアラブ交渉史みたいなもん。450ページもあるのに、そりゃないよと言いたいのだが、見事に1961年にモサド入局してから28年間については、スッポリと抜け落ちている。この時期にモサドにいたのなら、無傷じゃ済まない筈だが、「ある国でのある作戦」などと書くのが精一杯。副長官まで上り詰めて、EU大使に転じたそうだから、最初から表の顔として養成された人なのかもしれない。ちなみに出身はイギリスらしい。ヨルダンのフセイン国王とはツーカーの仲であったことを窺わせているのだが、アラファト嫌いは隠せさず、カネの亡者的に扱っている。9.11やオジャラン捕獲に関してのモサド陰謀説は、キッパリと否定しているのだが、それはまあ当然のことなのだろう。北朝鮮に関しては、モサドと政府の間で、互いに接触していることを知らなかったなどとしているが、そんなことがあるもんかいな。アメリカに無断では出来ないとかしているのに。そんな感じで、表面的なことしか書いていないのだが、解説は、また佐藤優だった。もうインテリジェンス本の解説は、全部廻ってきてるんじゃないのと思うくらいだが、これだけ書けば、解説にはお呼びが掛からない原田は嫉妬する訳だ。なんでも佐藤は、このモサド前長官の通訳までしたことあるらしく、マグロとハマチに鱗があることを教えて、日本酒まで飲ましたのだという。実際に本は読んだのか分らないが、ハレヴィ語録なんてのを付けている。やはりインテリジェンスは「演劇」か。
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■ 増補新版 私のなかの「ユダヤ人」 
2008年05月25日 (日) 01:29 * 編集 *
私のなかの「ユダヤ人」 増補新版私のなかの「ユダヤ人」 増補新版
(2007/08)
ルティ・ジョスコビッツ

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増補新版とある様に、25年前に出た本の再販。82年の集英社、89年に三一書房から出て、今回の現代企画室で3度目の出版ということになるらしい。足掛け25年で3度の出版というのは、それだけ名著ということなのだろうが、再販は著者の意向によるものらしい。版元の変遷にも、その断片が表れているかと思うが、25年経っても、その主義主張に揺らぎはないというのもスゴイ。いずれにしても著者がただの「広河隆一の妻」でないことは、この本を読んでも分かることなのだが、広河との生活が継続しているかどうか分からぬが、未だ思想的な同志であることには変わりがない様だ。キブツがヒッピー文化の一端であった時代は、とうに過ぎたのだが、その落とし子ともいえる著者が、日本で「シオニズム」や「テロとの戦い」に、異議を唱え続けるというのも興味深い話である。私もかつては広河を正義感に沿って行動するジャーナリストと見ていた時期があったのだが、少なくともその認識が甘かったことは確認できた。とはいえ、モサドに尾行され、アラファトと握手して感激する著者については、その「確信的」部分に、著者の「ユダヤ」と「宗教」、そして、その根幹である「民族」について抱く不信感から来る反作用みたいなものを感じる。それは政治的ではなく、「人間の顔をした」思想というべきものであろう。「ユダヤ性」に負い目を感じながら、それを受け止めるということが、日本人であることに負い目を感じながら、それを受け止めることの様な偽善に満ちた行為でないことは明らかである。日本には「負い目」を本当に認識できる「歴史」を持った人が、どれだけいるというのだろうか。そうした「歴史」を「国家」とか「政治」ではなく、「個人」の「歴史」として語れることは、幸か不幸か分からぬが。
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■ フロイト伝 
2008年04月28日 (月) 11:59 * 編集 *
フロイト伝フロイト伝
(2007/10)
カトリーヌ・クレマン

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この方面には疎いのだが、今日の精神医学の世界でフロイトは否定されていることは気づいていた。となると、フロイトは医学的ではなく「精神的」な方面で今なお、読者を獲得しているということになるのかと思うが、この著者もフランスの哲学者、小説家、伝記作家という肩書きを持つ人とのこと。そのモチーフは「ユダヤ知識人女性からみたフロイト像」ということらしいが、フロイトが臨終の時を迎えようとする場面から始まるのだが、著者がフロイトに与えた「不信心なユダヤ人」というキーワードは、モーゼがユダヤ人ではなくエジプト人であることを証明しようとした、その晩年の仕事に著者が引っかかりを感じたこともあるのだろう。伝記作家がフロイトを気が狂ってると罵倒してしまうのも、実際に気が狂っていたからではなく、あくまでユダヤ的に気が狂っているという意味である。それがナチスの「軍靴の音が聞こえる」時代であったことは、今日のユダヤ的常識ではフロイトは理解し難いものであったのだろう。しかし、精神医学の世界にも、ユダヤ的影響力というものが存在するのかどうか知らぬが、フロイトが否定されるのも時代の趨勢というべきものの様な気がする。それにしても、かなり変った伝記である。「死者に鞭打たぬ」日本式の「偉人伝」ばかり読まされてきた者にとっては、伝記作家が、その評伝対象を「あなた」と記して、手紙を書くように問いかけるという形式は、新鮮といえば新鮮ではある。フランス哲学の世界ではこうしたスタイルは多そうだが、家族間の怨念をしたためた書簡みたいで面白い。「ユダヤ人であること」というのは、イマイチ部外者には分からないものだが、悲劇を共有したものとして、遠慮なしの愛憎表現が成立するものなのだろうか。
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■ ロスト・ラゲッジ 
2008年03月21日 (金) 12:23 * 編集 *
ロスト・ラゲッジ―エルサレムのかたすみでロスト・ラゲッジ―エルサレムのかたすみで
(2006/12)
大桑 千花

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著者はエルサレム在住のライター&フォトグラファーということだが、本文中に写真は一枚もなしで、横書きのエッセイなのか私小説なのかよく分からんものだった。エルサレム在住というのはレアなんだろうが、無名の第一作で、鉄則とされている「自分のことを書く」ということがスッポリ抜け落ちているので、著者に感情移入ができる余地はない。それに勝る何かがあれば、それはそれで構わないのだが、NYに住んでいたとか、ユダヤ人と付き合いが深いとか、ヘブライ語も英語も堪能だとか窺わせるだけだと、それで、あなたはどういう人なの?と思うだけだ。エルサレムのレストランや、ユダヤ人の悲劇話などは、著者の聞き書きなのかもしれないけど、何の説明もないので、著者の頭のなかにある物語の再現シーン以上のものは感じられない。著者はお寺の娘さんで、真宗学科の卒業とのことだが、テーマである「なぜ人に宗教は必要か」のメッセージは無宗教の不逞の輩には全く伝わらなかった。やはり、その筋の人たちにとって、宗教が必要でない人はヒトデナシなのかもしれない。宗教に生まれ、世俗に生き、宗教に還るという人生が著者とユダヤ人を結びつけたのかも知れないが、一生を世俗に生きる人間にとっては、申し訳ないが著者の世俗的な面にしか興味がないのである。
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■ 中国・開封のユダヤ人 
2008年02月03日 (日) 12:54 * 編集 *
中国・開封のユダヤ人中国・開封のユダヤ人
(2007/04)
小岸 昭

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「インド・ユダヤ人の光と闇」に続き、知られざる世界各地のユダヤ人末裔を調査している著者の本。開封のユダヤ人については陳瞬臣やリービ英雄といったメジャーな人たちも熱心だから、わりあい知られている話ではあるのだが、さすがにユダヤ専門家である著者は一味違う。キリスト教の宣教師とユダヤ人末裔の関わりなど歴史的経緯は非常に興味深いものである。中国内陸部に多数のイエズス会宣教師が入って行ったことは周知の通りだが、「隠れキリシタン」を探し続けた宣教師と、ユダヤ教を守り続けた開封ユダヤ人との遭遇は正に歴史的な出会いなのだが、驚愕、落胆、希望といった劇的なものも感じる。後ににはユダヤ教徒をキリスト教に改宗させる運動をしていたプロテスタント系宣教師も入ってきたらしい。そうした歴史は大変勉強になったが、現在の開封ユダヤ人の状況も、また大変に興味深いものである。イスラエルに留学してユダヤ人アイデンティティーを追求する者と、不法に中国を出国してイスラエルに定住した兄を頼って、イスラエルでの新生活を夢見る者の二人のケースを紹介しているのだが、前者は帰郷してガイドとなり、後者はイスラエル定住を果している。両者ともディアスポラ・ユダヤ人のイスラエル「帰還」を支援する団体の「支援」があった訳だが、世界各地のユダヤ教徒の観光需要を見越した観光局に採用された前者と、四十代半ばにして「二人目」の子どもをもうけた後者の「ユダヤ系中国人」は、文革を経験した世代と改革開放世代の価値観の違いもあいまって、現代中国の姿を反映している様で考えさせられるものがある。
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■ イスラエル擁護論批判 
2007年12月17日 (月) 09:09 * 編集 *
イスラエル擁護論批判―反ユダヤ主義の悪用と歴史の冒涜イスラエル擁護論批判―反ユダヤ主義の悪用と歴史の冒涜
(2007/03)
ノーマン G.フィンケルスタイン

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『ホロコースト産業』に次ぐ第二弾だけど、前作ほどのインパクトはなし。というのも、その大部分が、ダーショウィッツという人の『イスラエルのための弁明』なる本の批判に当てられていて、それが450ページにも渡るのだから、かなり疲れてしまった。デーブスペクターがなんと言おうと、こういう本は必要だろうし、「過去」を免罪符に現在進行形の虐殺を正当化する論理は、我々の「近隣諸国」のお手本となっているのだから、他人事ではないのだが、やはり「ユダヤ」を巡る向こうの言説は感覚的に理解するのは難しい。この著者、これを支持するチョムスキーもユダヤ人ではあるのだが、アメリカでイスラエルを非難するということは、政治的利敵行為となってしまうことには同情する。もちろん、あらゆる「人権運動」は、政治的行為と無縁ではないし、むしろ「戦争」同様、「政治」の延長線上にあるものとも言えよう。そうしたことを抜きにしても、この本が「政治的」であることは容易に察せられるのだが、「感情」を「理論」で武装解除するという形式には不毛なものを感じなくもない。「感情」と「理論」も表裏一体のものであろうし、『イスラエルのための弁明』にしても、パレスチナ支持者の「感情論」に弁明するという位置づけであったのだろう。そうなうると、ユダヤ、パレスチナ双方に「感情的」立場がない者としては、純粋にどちらが「政治的」であるかに、判断を委ねるより外ないのではなかろうか。
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■ ユダヤ世界を読む 
2007年11月11日 (日) 22:07 * 編集 *
ユダヤ世界を読む―啓典の民による国民経済建設の試み (創成社新書) ユダヤ世界を読む―啓典の民による国民経済建設の試み (創成社新書)
佐藤 千景 (2006/09)
創成社

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創成社新書の国際情勢シリーズ「世界を読む」は結構、書き手の個性に影響された造りとなっているのだが、中でも若手の方のこの著者は、他の執筆人に比べて独自色があまり感じられない。よく分からないが、所謂ユダヤプロパーでもない様で、ユダヤ・イスラエルの波乱の歴史も淡々とした記述。ただ、ユダヤ本の聖書解釈とかが鬼門だった身にとっては、ここまでスラスラ読めるのは気持ちいいし、ホロコーストやパレスチナ問題にもニュートラルというか、あっさりしていて政治臭がない。その代わりというか、もしかしたら、これが著者の専門なのかもしれないが、イスラエル経済についての記述が多く、ほとんどが都市住民だった建国時の農業政策から、最近の日本の投資状況まで詳しい。スウィーティがイスラエル産であったことを思い出したが、ハイテク産業の発展ににも軍事技術の応用があるだろう。「ユダヤ世界」というと商業の民を連想するが、日本のユダヤ本がホロコースト、パレスチナ、宗教(トンデモ系含)ばかりに収斂されてしまうのも、イスラエルとしては不満なところであろう。この辺はイスラエルというより、ユダヤ系メディア(すなわちアメリカのメディア)の意向が反映されているのかもしれない。どこの国でもそうだろうが、自国のイメージが戦争一色というのは憂うべきものだ。今でもイスラエルボイコットが有効なのかどうか知らぬが、アラブ国家とイスラエルの経済関係も強まっていると聞く。日本は未だトイレットペーパー騒動のトラウマを抱えたままなのだろうか。
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■ 私家版・ユダヤ文化論 
2007年08月31日 (金) 13:10 * 編集 *
私家版・ユダヤ文化論 (文春新書) 私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)
内田 樹 (2006/07)
文藝春秋

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この著者も何が専門なのかよく分からなかったのだが、長年ユダヤ研究は続けてきたらしい。とういうことで、相当ディープなユダヤ論となっているのだが、その著者にしても「私家版」と冠さなくてはならないのには所謂PCとしての「ユダヤ議論」と齟齬が生じているからということの様だ。それは『マルコ・ポーロ』事件に代表される様なユダヤ・ロビーの圧力(そういえば同じ文春だ)があるからということではなく、元が大学での講義ノートということが関係しているらしい。つまり公的に話をするが、あくまでも私見に基づくという「言い訳」なのではあるが、なるほど、これは巷に蔓延る「ユダヤに学べもの」、「ユダヤ陰謀もの」「ホロコースト史観もの」「イスラエル批判もの」などとは全く毛色の変わった本である。著者は「差別されるには差別される理由がある」とか「優秀なのは優秀な理由がある」といった悪しき平等第一主義者なら、その問いすら封殺するものを、否定はせず、あえてその疑問の答えを見つけようとする。そしてそれがユダヤ理解の出発点であり、その解答から「ユダヤ人」という「他者」を発見することが可能となる。その発見した「他者」に対する眼差しが「排斥」に向かうか「賞賛」に向かうかの分岐点になる訳だが、要するに肯定も否定も、敬愛も嫌悪も表裏一体のものであることが明らかになる。そうなると、ヒトラーにしてもユダヤを欲していたはずというのはあながち間違いでもなかろう。人々の欲求に「ユダヤ」がある。というのは単純なスケープゴート的な意味ではなく、羨望と嫉妬を内包したものである。ある意味、中韓の反日もそれに似たものあろう。そこに近親憎悪的なものがあることは、欧米社会の「反ユダヤ感情」と同様である。もしかしたら、日本人は「他者」としてのユダヤよりも、内なる「ユダヤ」を理解する方が容易な希有な立場にいるのかもしれない。
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■ ユダヤ大事典 
2007年06月08日 (金) 22:22 * 編集 *
ユダヤ大事典 ユダヤ大事典
ユダヤ大辞典編纂委員会 (2006/01)
荒地出版社

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この荒地出版社というのは宗教系ではない様な感じだが、この本は私が巡回しているどこの図書館にも置いてあって、どうも配本に関しては何らかの関与がある様な気がする。それが噂の勢力だと言ってしまうと、「陰謀論」の罠にはまってしまうので、それ以上言及するつもりはないのだが、元々、1997年に出た本を加筆修正したとのこと。イスラエル大使館の全面的協力があったらしく、日本では珍しくイスラエルの立場を支持する内容となっている。たしかに我が国では「ユダヤ陰謀本」も多いし、中東情勢本のほとんどがパレスチナ支持である以上、こういう本を出すことは意味があるのであろう。図書館への配本については様々なケースがあって一概に言えないのだけど、韓国大使館が作った「王仁博士」の本みたいに、韓国人が書いて直訳しただけの単に自国の民族的優越を訴えることを目的とした糞本は、幾ら配っても開架されるケースは少ないだろう。その意味では、この本の執筆陣は全員日本人研究者であるし、明らかにイスラエルの意を受けた者が混じってはいてもあまり気にならないレベルである。また、その宗教的義務が広く知られるイスラームと違ってユダヤのそれは、細かい部分がよく分からなかった部分もあったので、勉強になったことは確かである。ユダヤもユダヤでやはり宗派間の格差が大きいというのは、世俗的であるか宗教的であるか、或はよく言われるアシュケナージとスファラディ、ロシア移民の様な出自間くらいしか違いを着目していなかっただけに興味深いものである。アメリカにはネーションズ・イスラムの様な黒人改宗者の勢力があるが、そのユダヤ版というべきブラック・へブルーというのがあって、公称20万(実際はもっと少ないらしい)というのも初耳だ。まあ色々と教えてくれるのは良いのだが、最後はやはりホロコーストで締め。現代に活躍するユダヤ人の紹介は無しで、この辺はやっぱ柵があるのかな。

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■ 日露戦争に投資した男
2007年04月13日 (金) 10:10 * 編集 *
日露戦争に投資した男―ユダヤ人銀行家の日記 日露戦争に投資した男―ユダヤ人銀行家の日記
田畑 則重 (2005/11)
新潮社

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日露戦争時に日本の債券を引き受けたシフについては、もはや伝説といった存在なのだが、副題が「ユダヤ人銀行家の日記」とのことで、日記から解き明かす歴史の謎みたいなハラハラワクワクものかと思ったら、本当にただの日記だけだった。一応前後に著者の解説らしきものがあるのだが、何てこたない、招待されて日本に行った際記録した私家版の「滞日記」をそのまま載せているだけ。これじゃあ著者は田畑某じゃなくてジェイコブ・シフでしょうに。肝心の日記も明治天皇と会見した話などもあるが、伊藤博文とか大隈重信、高橋是清など当時のエライさんと会食して、箱根だの日光だのに遊ぶという(朝鮮にまで行ったのは珍しいが)、要するに招待されて大名旅行をしましたみたいなもの。私家版とはいえ、一応出版されたものだし、当時はロスチャイルド家と凌ぎを削る金持ちだったそうから(ロ家とは同じユダヤ系という以上の因縁があるらしい)、書かれているのは当然美辞麗句ばかり。これを以って親日だから債券を引き受けたとするのは早計であろう。もちろん、その要因として定説である反露感情もこの本では窺い知れない。シフが世を去ったのは1920年だそうだが、その後は日本もロシアも祖国ドイツもユダヤ人も、トンデモないことになってしまった。そして、夢を実現したアメリカでもブラック・マンデーの際、シフ家は大打撃を受けかつての栄光を取り戻すことはなかったという。日露戦争に投資したことが、その後の混乱の始まりだとしたら、あの世で投資を悔いていたかもしれない。しかし、自分の日記を他人の著者名で出されるほど悔しいことはなかろう。

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■ インド・ユダヤ人の光と闇
2007年02月26日 (月) 01:43 * 編集 *
インド・ユダヤ人の光と闇―ザビエルと異端審問・離散とカーストインド・ユダヤ人の光と闇―ザビエルと異端審問・離散とカースト
徳永 恂 小岸 昭

新曜社 2005-07
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これは珍しいインドのユダヤ人を扱った本。共著の二人はドイツプロパー同士のお友達で、ゲットー関連からユダヤに入りこみ、関心がディアスポラに定まると、南欧、モロッコ、東欧、南米と調査に出かけ、遂にはインド・ユダヤ人を標的する事となったらしい。インドとユダヤ人というと、あまり想像つかない組み合わせで、私も初めてコーチンのシナゴーグに行った時はイマイチ、ピンと来なかったのだが、この本を読むと、流石は雄大な歴史を誇るインドとユダヤ、とにかくインドのユダヤ人はかなり複雑な成り立ちとなっている事が分かる。大きく分けると「黒いユダヤ人」と「白いユダヤ人」という事なのだが、イスラエル国内に存在する似た様な分類とは、また違うインド的な階層社会がインド・ユダヤ社会にも存在する。それはポルトガルや中東を追われたユダヤ人がインドに移住したのが「白いユダヤ人」であり、ユダヤ教に改宗した土着のインド人が「黒いユダヤ人」と単純に考える訳にもいかないものらしい。そこにはポルトガルの占領以前から交易を目的にインドに到達していたユダヤ教徒がおり、その多くが奴隷を帯同していたという歴史がある(奴隷は黒人種とは限らない)。そこから植民地の常として混血、解放、土着といったプロセスを経て、インドでは「黒いユダヤ人」が「白いユダヤ人」凌駕する事となった様だ。そうした起源も勉強になるが、インド・ユダヤ人を訪ねる旅行記も面白い。付録にはユダヤ・ディアスポラについての講演が記録されている。ここでは前々から疑わしく思っていた杉原ビザの美談をも斬ってくれている。

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