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2019年08月17日Sat [02:07] 中東/アラブ  

アラブ音楽 



文庫クセジュ。楽天の書影だとやけにカバーが黄色いな。底本が1988年だそうだが、初版は1971年と、もはや半世紀前か。当時のフランスでは「アラブ音楽」は一エスニック伝統音楽みたいな扱いだったのだろうが、フランスのポップ音楽シーンに於いてアラブ音楽は未だにそんな感じなのだろうか。イスラームにとって音楽は宗教的にどういう扱いなのかよく分からんが、とりあえず、音楽が禁忌であるという事はない。ISも音楽は使っていたし、サウジアラビアにも歌手はいるのだろうけど、スーフィーと音楽に親和性があるところから、スーフィーズム自体をイスラームの文脈ではどう捉えるかということと関係してくるか。

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2019年08月15日Thu [14:04] 中東/アラブ  

一神教と戦争



最近の橋爪大三郎は対談づいている観が。同じ新書であれば、コスパ的にこっちの方が圧倒的に高いとは思うが。イスラムに限らず、別に中国でも韓国でも良いのだが、「専門家」の語る「日本人は知らない」「世間一般の認識を正す」という啓蒙主義的前提が空回りしている現状では、中田孝の様な理解されようが理解されまいが、我道を貫くのみというオタク道の方が共感は得やすい土壌はあるかもしれん。コミケ参加でその辺との親和性が高い事も証明はされているのだが、事、違うオタク間で戦争になった時の処理のシステムが構築されていない点は問題ではあろう。イキナリ火炎バーナーで燃やすなんていう荒っぽいマネは常人にはできんが、戦場で敵の戦闘員という認識があれば戦闘行為であるので、論理的矛盾は無い。宗教間の戦争には論理的正しさがあるが、国家間の戦争には論理的矛盾があるというのは確かではあるか。ナショナリズムやイデオロギーが宗教化する所以ではある。

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2019年06月21日Fri [19:38] 中東/アラブ  

わたしは12歳、爆撃される悪夢を見る。



合同出版のいつものやつ。子ども向けだから、子どもを主人公にしているのか、活動家だから、子どもを出汁にしているのか分からんが、子どもを使うのは左翼の特徴ではある。シリアやイエメンの子どもを助けるという名目で米国、ロシア、サウジアラビアがそれぞれ空爆している訳だから、ある種のブーメランである。子どもは子どもで、ISに入って、イスラムの大義を名目に西洋や堕落した王政に復讐を誓うかもしれん。日本の子どもに自分たちの恵まれた環境を自覚させる学習効果はあろうが、そこに恵まれた者と恵まれない者の格差意識が生まれないとも限らん。

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2019年05月15日Wed [04:08] 中東/アラブ  

イスラム10のなぞ 



中東新書帝王、ラクレは初かな。もう中公新書本体からはお呼びがかからないだろうけど、新書制覇も岩波だけは最後に残ってしまうか。一時期反米ものばかり出して猛アピールした観もあったが、原点のイスラム啓蒙の方に立ち戻っている。イスラームは本来は平和の宗教という「前提」も最近の学者は善しとしないのだが、それこそ平和の宗教なのに、テロだの戦争だのが多発しているのかという謎の答えが書いている訳でもない。アメリカやイスラエルの攻撃に対する反撃とすれば聞こえは良いが、暴力の矛先は国家と関係ない人たちや、ムスリム同士にも向かっている。本来は妻は4人までで、10人いたムハンマドだけは例外という規定も、某国王の子供200人とか聞くと、あれれと思う謎にも答えている訳ではない。

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2019年03月31日Sun [04:49] 中東/アラブ  

イスラム教の論理



読んでなかったので読んでみた。まず押さえておきたいのは著者はイスラム思想研究者であって、地域研究者の様に啓蒙を必要としていないこと。偏見誤解を正すといった使命はないので、それがヘイトを誘発するなどいった批判は全く無意味である。異教徒であること自体が誤解なのだから、入信しない者がイスラム教に寄り添うなどというのは偽善どころか神への冒涜にもなろう。非イスラム教徒がイスラム研究を突き詰めるとそういう論理になるということなのだが、その辺を妥協した私イスラム教の味方です的な顔をする学者と矛盾が生ずるのは当然か。山田和はヒンドゥー教徒にとって日本人はアウトカーストであるという事を書いていたのだが、ムスリムにとっての多神教徒とはそういうものではあろう。こうした事実が往々にして無視されるのは寛容の精神や、レイシズムや非対称性の差別といった概念を唯一無二としているからという訳でもなく、人間は妥協の産物であるということか。妥協をしないISにムスリムが反対しないのもある意味妥協であるか。

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2019年03月27日Wed [03:29] 中東/アラブ  

日本人に知ってほしいイスラムのこと 



ヘイト本認定しようとした界隈もこれだとぐうの音も出ないんじゃないかな。アマゾンには苦し紛れのレビューが一つあったが、パヨク批判も、日本スゴイもなく、重信メイまで持ち上げられてしまったら、文句の付けようがない。ハラール・ビジネス批判、ムスリム・フレンドリー推奨は中田孝と同じだが、池内恵とは何かバトルがあった様な。その背景からムスリムの代表とは捉えてはいけないといった様なことであったと思うが、要はムスリムも色々ということである。ノン・ポークであればとりあえずOKとか下ネタもOKというのは一般的なムスリマである気もするが、かといって、ISみたいのがムスリムではないと言うとそれも違う。日本人的にイスラム教を啓蒙するこうなるといった感じであるが、結局、啓蒙するには普遍から入らないと難しいか。これを人類の普遍的価値観だと言われてしまえば、怪しくなってくるが、ムスリムになるつもりも、深く理解する必要もない人にはこんなもので良いのでは。

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2019年03月18日Mon [14:27] 中東/アラブ  

クルアーン



慶応の世界を読み解く一冊の本というシリーズなのか。元々文字通り一冊の本にまとめられていたものみたいだったが、「せかよむ」とか軽チャー路線でシリーズ化した様だ。武田雅哉の「西遊記」も出ている。セカオワ・ファンが釣られる事は無いと思うが、岩波の「世界」を読む人はお付き合いはちょっと遠慮したいけど、こっちならまあ良いかというのはあるか。先のNZ事件を受けて、イスラームの宗教的普遍性を巡る論戦というかバトルがまた飯山陽・池内組に降り掛かっているみたいだが、やはり、イスラームは異教徒にとって、形而上学的宗教であると捉えた方が良いのかもしれん。理解し、分かり合い、受け入れるというポリコレ・プロセスは結局、一方の屈服を要求しているに過ぎない。それがイスラームであっても、民主主義であっても、正義であっても同じであろう。

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2019年02月03日Sun [00:18] 中東/アラブ  

無法者が塗り替える中東地図



宮田律の出版ペースは一時より落ちた感はあるが、それでも年数冊ペースは確保しているのだから、中東のニュースバリューはやはり高いということなのだろう。カバーの通り、無法者とはトランプのことであるが、中東研究者の反米はデフォである。それが反日と相関関係にならないのは中東が反日ではなく、総じて親日というからなのであるが、反米を代弁する必要はあっても反日を代弁する必要のない中東研究はイデオロギー化は避けられる。広河隆一にコミットした中東研究者がほとんどいなかったのもその証左ではあろう。旧来のパレスチナ連帯左翼はほぼ一掃されたといってよかろう、反米イデオロギーも歴史認識と結びつかない限り無害ではあるのだが、イスラム教の大義をを日本人が西洋対東洋の枠組みで捉えるか否かという別の歴史認識の問題はまだ残るか。

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2019年01月09日Wed [04:10] 中東/アラブ  

中東深夜便紀行



テレ朝のカイロ支局長だった人。イカロスで半分くらいはずっとエジプト航空の話なので、月刊エアラインにでも連載したものかと思ったのだが、取材でマイル長者になった様だ。出張マイルは個人に帰すか社に帰すかはたしか司法の場でも争われたことがあったと思うが、この著者は自分も修行しているみたいなので、合わせ技か。JALは修行サファイアで、スタアラはエーゲ航空貯金らしい。エジプト航空やトルコ航空は加算漏れも多く、修行には向かないとのこと。アラビア語プロパーなのに、その辺の話は全く無く、関西弁でまくしたてるのが一番効くという神話を地で行っている。まあテルアビブ空港で日本人がアラビア語でまくし立てたら問答無用で拘束されるだろうが。

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2019年01月05日Sat [03:48] 中東/アラブ  

ガザに地下鉄が走る日



「みすず」に連載されていたものらしい。岡真理と言えば、「太陽の男たち」なのだが、難民問題で類似の事件が再び発生するようになったこともあってか、解説あり。広河隆一にホテルを紹介してもらったという件はドキッとするが、今回の件はどう思っているのだろう。古居みずえと共に古い同志であるのだが、お二方の反応は不明である。在日朝鮮人をパレスチナ難民に擬えて、ガザとウトロを同列に置くのは運動圏の性みたいなものだろうけど、パレスチナに党派性を持たせることにより、日本人の理解が遠のく気もする。ウトロ同様、ガザもパレスチナ人内の利権問題という風に捉えてしまう恐れがある訳だが、広河問題にしても、「人権派」に厳しい目が向けられ始めていることを踏まえる必要もあるのではなかろうか。

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2018年12月14日Fri [05:13] 中東/アラブ  

ムスリム女性に救援は必要か



「生きながら火に焼かれて」以降一連の西洋の「普遍的正義」がムスリム女性を救済するシリーズは「救済ポルノ」という評価を受ける様になったらしい。こうした「自伝」の大半は聞き書きであることは開示されているのだが、それが創作を意味することは示されていない。「救済ポルノ」もエンタメとして読む分には良かろうが、それが国際問題となり、キリスト教のイスラームに対する道徳的優越の根拠となってしまってはムスリム女性も救済されないのである。従軍慰安婦も同じ構図であるのだが、証言の検証の欠如は救済ポルノの粋を出ないなかりではなく、プロパガンダの道具として扱われることとなる。

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2018年12月07日Fri [14:28] 中東/アラブ  

限界の現代史 



内藤正典も他社ではそうでもないのだが、集英社新書だと編集の意向に沿った感じのものに仕上げてきているな。なぜか新書は岩波新書より左の集英社だが、この本も反米、反安倍、反西欧といったカラー前面煮出している。かといってイスラームが正義という訳ではないのだが、移民受け入れを巡る欧州の軋轢が単純な左右の二項対立で収まらない現実を伝えようとはしている。その前提として移民か難民なのかという論点があるのだが、日本でもかつて問題になった経済難民、偽装難民という実体を受け入れ派はどう認識するのかというところに収斂されるか。リベラルなドイツ人がそれは難民でなく、移民であると主張することを批判しているのだが、シリア→トルコ→ブルガリア→セルビア→ハンガリー→ドイツという道程で難民という地位が変わらないのかという疑問はある。ドイツに至るまでの通過する国々はなぜ難民を「保護」できないのかというと、経済的事情が国側、難民側双方にあると言わざるを得ない。

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