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2019年10月15日Tue [00:53] インド  

ジャータカ物語 

ジャータカ物語
ジャータカ物語
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入澤 崇
本願寺出版社 (2019-03-01)
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「ふくろうの本」とか「とんぼの本」の類かと思ったら本願寺出版社。全く知らんかったが、西本願寺の出版部門だそうで、その歴史は明治5年に遡るのだとか。ジャータカ物語は日本ではおとぎ話扱いだそうだが、ガンダーラ仏教圏では実話として語り継がれてきたとのことで、言わば「聖書」に近いものか。釈迦は実在の人物であることは間違いないとして、その前世の話が実話というのはどう理解すれば良いのだろうか。私という実在も誰か(人間とは限らない)の前世であるのなら、今書いているブログも前世の記録として後世に残るということなのか。

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2019年09月04日Wed [13:54] インド  

新インド入門 



ニューデリー日本文化センター駐在だった人らしい。日本文化センターは国際交流基金の管轄で著書も職員であり、現在は日米センター勤務とのことだが、ニューデリーの文化センターはいつの開設なんだろう。その昔、インターネットなどない時代に日本の新聞を読みに行ったことを覚えているのだが、自分を含めて薄汚い日本人旅行者と小綺麗な勉強家らしいインド人学生たちが並んで日本関係の本を眺めている光景は妙に鮮明な風景として記憶に残っている。当時も日本文化センターと呼ばれていた記憶があるのだが、国際交流基金が運営していたそれだったのかどうかは分からん。ただ、著者が勤務していたのは数年前までみたいなので、建物も中の人たちもリフレッシュされてはいたのだろう。新インド入門とはそういうことなのだが、貧困とかカーストといった負のイメージから脱却を図りつつ、その負のイメージもまたインドの一部として認識するという作業のテキストとなっている。

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2019年08月14日Wed [03:11] インド  

知的所有権の人類学 

知的所有権の人類学ー現代インドの生物資源をめぐる科学と在来知
中空 萌
世界思想社
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博論もの。アニキャラみたいな名前だが、東大博士。インドには一度も行ったことがない段階で、インドをテーマにする事にしたのだという。そこに至るストーリーは書いてあるのだが、植物などの生物資源の知的所有権はそれを使っていた先住民に帰属するといった予想通りの結論では無かった。この辺のテーマで現在論議になっているのはアマゾンの新薬原料植物であり、開発成功すれば桁外れの利益が見込める新薬開発競争が加熱している。研究資金も巨額ではあるが、その植物を薬草として使っていた先住民に還元されることがない現況に巨大資本への批判が集まっているのだが、そうした議論も含め政府レベルで一元化できているのはブラジルではなく、インドであるということか。インドは国内に製薬メーカーが揃っていることもあり、巨大外資の影響力が限定的であるのだが、古くからアーユルヴェーダの伝統があるので、国民の共有財産という認識がある様だ。

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2019年04月17日Wed [01:34] インド  

インド・シフト 



ソニーの現地法人代表だった人らしい。バンガロール日本人会会長という肩書もあったそうだが、MITに企業留学もしているし。ワークステーションやVAIOといったかつてのソニー花形部門にも携わっていたらしい。略歴に生年がないのだが、定年前の退社だろうか。バンガロールでソニーの顔であったのなら、独立すれば幾らでも仕事はあるだろう。バンガロールは中国の深圳以上にインドでは特殊地域であることは間違いないが、要はインドでも中国でもそこの特殊世界の人の数が人口上膨大になるということ。先富論というか先進論だが、国全体が平均化するのは日本くらいの人口が限界点なのかもしれん。

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2019年01月31日Thu [01:24] インド  

ガンディー



岩波新書のガンディーが去年の年初に出て、平凡社新書が年末か。平凡社が同陣営の大先輩である岩波に配慮して、時期を置いたのかな。著者自身の企画で2010年に構想を立てたのだという。民博の先生だったそうだが、単著はスリランカとインド映画の2冊らしい。ガンディー映画で知られているのはリチャード・アッテンボローのアカデミー賞作品だが、インドではこれといったガンディー映画が無いというのはインドと世界でガンディー評価の温度差があるということなのか。一番有名なガンディー映画はボリウッドのパロディーものだそうだが、あらすじだけ読むとむちゃオモロそう。ガンディーを知らないインド人が最近増えいているというのは意外ではあるが、ムスリムやアウトカースト以外のインド人でもガンディーは偉人というようより、歴史上の人物という認識になってきているらしい。ガンディー、スケベ説はアンベードカル信者の山際素男の本にも出ていたが、ガンディー、ゲイ説まで出たいたとは知らんかった。

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2018年11月28日Wed [14:09] インド  

遺跡から「聖地」へ



博論もの。たしかに私の知るブッタガヤはホテルらしいホテルは1軒だけで、寺付きゲストハウス宿泊がデフォであったのだが、今や一大観光地と化しているのか。ブッタガヤに空港があった記憶は無いのだが、その頃は自分的にインド国内移動に飛行機の選択肢は無かった。外国人旅行者だけではなく、インド人旅行者が大幅に増えたことがその背景にある様だが、これは単に中間層の台頭による観光需要の増加だけではなく、改宗した新仏教徒の存在が関係しているらしい。そのまた背景にカースト制度がある訳だが、近年は商売関係のイスラム教徒の住民も増加しているとのこと。タイ人旅行者が多いのは昔からであるが、中国人旅行者が急増しているのは世界各地で見られる現象。もちろんそれは中国の経済事情が理由ではあるのだが、中国人旅行者がインドに来なかったのは経済事情もあるが、政治的事情もあったと言える様だ。何でも1956年までは外国人客のうち、中国人旅行者が多くを占めていたそうで、印中紛争で中国人が入国できなくなってから、中国寺の管理も台湾人に変わったのだという。新中国からチベット動乱、中ソ対立から国境紛争に至るまでの間の印中蜜月期ははかないものであったのだが、大躍進前くらいまではブッタガヤを訪れる余裕があった中国人仏教徒がいたということか。

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2018年08月15日Wed [05:27] インド  

ジャイナ教とは何か

ジャイナ教とは何か──菜食・托鉢・断食の生命観 (ブックレット《アジアを学ぼう》)ジャイナ教とは何か──菜食・托鉢・断食の生命観 (ブックレット《アジアを学ぼう》)
上田 真啓

風響社 2018-01-10
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風響社アジアを学ぼうは相変わらずスンバラシイのだが、新書と変わらん値段設定だと、やはりお得感に欠ける。書店に置かないのは売れないのもあろうが、あっという間に立ち読みで読了できてしまうからか。ジャイナ教が3分くらいで分かってしまってはインド人もびっくりなのだが、ジャイナ教には2つの流派があり、双方に分派もある。出家と在家信者の区別は明確で、在家信者は特別な衣装などはなくフツーに洋服だったり、クルターだったり、サリーだったり。一番知られれいるのが食事制限だろうが、食後にもカレーを食った皿に水を注ぎ飲むというのがあるらしい。日本でもお椀にお湯を注いて飲むという習慣があったかと思うが、あれはたしか飯粒を無駄にしないという理由だったか。ジャイナ教の場合、皿に残ったものから雑菌が繁殖して生命を殺すことになるから、それを防ぐためだという。食ったらすぐ洗えば良いとも思うが、雑菌はすぐ繁殖するから間髪入れずにということなのだろうか。

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2018年07月23日Mon [04:49] インド  

五〇年の経験を本音で語る巨象インドの真実

五〇年の経験を本音で語る巨象インドの真実 (いんど・いんどシリーズ)五〇年の経験を本音で語る巨象インドの真実 (いんど・いんどシリーズ)
武藤 友治

出帆新社 2017-09-30
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元ムンバイ総領事の領事ものであるが、ボンベイの時代で、今年米寿か。私がボンベイ領事館に手紙を受け取りに行った頃、領事だった人かな。大阪外大印語卒のプロパーで、ネルーの通訳もしたというから歴史の生き証人でもあるのだが、アベ政権には不満の様である。アベとインドはかつてない程の両想いになっているのだが、著者のキャリアのほとんどはインドがソ連寄りだった時代であるから、今のインド・スクールとも色々柵はあろう。この版元はたしか自費出版の古株だが、インドものを精力的に出しているみたいで、著者は第2弾。読者クラブも積極的に開催しているそうだが、直木賞作家の人ともそこで知り合ったのだとか。しかし、初対面で、私は直木賞作家の○○ですなんていう自己紹介はあるかな。それはともかく、インド独立の志士朝子さんとも面識があるみたいで、タタの部長である息子さんを通して知り合ったらしい。朝子さんの人柄は本で読んだ通りみたいだが、やはり戦前の女学校出の綺麗な日本語が印象に残ったらしい。一昔前の台湾でもそうした上品な御婦人が大勢いらして、私も恐縮していたものである。

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2018年07月21日Sat [05:36] インド  

沸騰インド

沸騰インド:超大国をめざす巨象と日本沸騰インド:超大国をめざす巨象と日本
貫洞 欣寛

白水社 2018-05-26
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朝日のニューデリー支局長を辞めてフリーになったらしい。台湾の野嶋と同じパターンだが、朝日に対する世間の逆風と関係しているのかな。インドで食えなかったのかどうか分からんが、結局2年ほどでバズフィードに入社したらしい。沸騰インドは沸騰中国を意識したのか分からんが、インドは中国の道を踏襲しているということなのだろうか。中国も成熟期に入った訳ではないが、このままのペースだと、インドが中国を抜くという日も必ず来ることになるのだろう。そうした世界を舞台にする場合、インドの強みは英語力と言われるのが常なのだが、英語を流暢に話せるのは人口の5%と言われているらしい。ただそれでも5千万規模になるので、英国の人口にも匹敵するのだが、英語を話せない人が絶対的多数であるという点はかなり見過ごされている。モディが公の場ではヒンディ語しか使わないというのはヒンディ語の地位強化という意味合いがあるのだろうが、幾らマジョリティの言語であるといっても、ヒンディ語が国民言語になり得ない事情がインドにはあるので、英語の影響力が増すことはあっても、低下することはないか。

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2018年05月20日Sun [04:02] インド  

インドへの扉

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藤田寿仁

カナリアコミュニケーションズ 2017-12-20
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体験談の様だが、フィクションなのかな。日立の国際事業本部所属と明記しているのだから、事実の話だけ書くわけにはいかんだろうが、話を盛ったのか、削ったのかは分からん。突飛な話はなく、インドだけど無害な話である。病院、歯医者体験記もあるが、水飲んで膀胱膨らませてから検査とかは日本ではしないのかな。薬局もおくすり手帳とか不必要と思っている身にとってはインドも日本も大して変わらん気がする。歯医者に至ってはかなりちゃんとしている感じである。私もインドで歯医者だけは行きたくなかったので、虫歯を歯磨きと根性で直したのだが、考えてみれば、別に道端の歯医者ではなく、ちゃんとしたクリニックに行けば、抜かれずに、詰め物くらいは普通にしてもらえたのかもしれん。

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2018年05月14日Mon [04:09] インド  

インドの代理母たち

インドの代理母たちインドの代理母たち
ギーター アラヴァムダン Gita Aravamudan

柘植書房新社 2018-04-01
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インドフェミ本翻訳を一手に引き受けている訳者の定期便みたいなものだが、例によって、今ひとつ乗れない邦訳である。訳者自身の企画であろうから、それこそこの本の代理母と行ってもよいのだが、早川辺りのノンフィクション翻訳者に任せても良かったような気もする。著者も学術畑ではなく、ブンヤであるらしい。日本人夫婦が依頼しインド人代理母が産んだ子が、夫婦の離婚などもあって、出国できないという問題が生じたのはもう大分前だが、その話もある。原著は2014年らしい。インドの代理母ビジネスは60億ドルという巨額に上るそうだが、その背景には経済格差も医療産業の発達もあろう。キリスト教世界からは問題視される生命倫理の問題はヒンディー教では別に問題にならないか。

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2018年04月19日Thu [05:33] インド  

インド哲学10講

インド哲学10講 (岩波新書)インド哲学10講 (岩波新書)
赤松 明彦

岩波書店 2018-03-21
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著者は中公新書で「楼蘭王国」も出しているのか。印哲と楼蘭はガンダーラで繋がるのだろうが、存在の認識という点でも共通項はあるか。哲学は分かる為に翻訳されるのか、分からなくする為に翻訳されるのかという疑問も生じるのだが、解説になると更に分からくなるので、一体、言葉と存在とは何なのだろうかとは思わされる。認識対象が外界に存在しているかどうかは、認識の生起になんら影響をあたえない。

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