![]() | モンゴルのストリートチルドレン―市場経済化の嵐を生きる家族と子どもたち (2007/04) 長沢 孝司 商品詳細を見る |
この本によると、2、3年前からモンゴルのストリートチルドレンは、あまり見られなくなったという。日本で浮浪児が姿を消したのは、戦後何年経ってからなのか不明だが、ウチの親は昭和30年代にもいたなどと言っている。民主化でモンゴルの「戦後」が始ったとすれば、今はちょうど「昭和30年代」の時期ということになるのだろう。例の「マンホール・チルドレン」のピークも、90年代半ばだと記憶しているが、ようやくモンゴルにも「高度成長期」の灯りがともされたのだろうか。ならば一安心なのだが、それでは日本福祉大学がプロジェクトを組んで、このテーマに取り組む必要もなくなってしまう。モンゴルのカウンターパートはモンゴル国立教育大学SW学科だそうで、モンゴルで研究発表を終えたものを、日本向けに書き直したのだという。こういう福祉関係のプログラムは、やはり、現地で発表するというのが筋だろう。日本で完結してしまう研究に何の意味があるというのだろうか。日本側から1927年生まれの研究員が参加しているのも驚くが、モンゴル人留学生が、こうした研究テーマを持って日本にやって来るというのも頼もしい。どこの国とは言わないけど、こうした「自国の恥部」をテーマとする留学生は少ない様に感じる。もちろん、そこに「日本の経験」が生かされるアテがないと、わざわざ日本で研究する必要もないだろう。あまりにも、文化背景、政治社会体制が異なる国では、「福祉」という概念からして、普遍的なものとは言えなくなってしまう。その点、モンゴルのストリートチルドレンも「戦後」を背景にしたものから、現代社会に普遍的な問題を背景にしたものに変わってきている様だ。コラムでモンゴル人はウソをつけない民族という記述があるが、これはどうなのだろう。朝青龍問題もそれが原因だと言えばそうなのだが。
















