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2021年04月19日Mon [03:45] 中国  

「敦煌」と日本人 



敦煌に絞っている訳ではなく、内容的には「シルクロードと日本人」で良いかと思うが、同じようなタイトルの論考は結構あるし、そもそも元となった二つの論文は敦煌がテーマであった様だ。日中という括りで言うと、「シルクロード」がNHKのそれの代名詞になっている様に、「敦煌」も井上靖の小説でなく、日中合作映画の方に収斂されるのだろう。主演の中川安奈さんが亡くなったことを失念していたが、子ども心にこんなキレイな人がいるんだと思った記憶はある。(映画は観ていないが、徹子の部屋で視た)。ただコマネチの出演が決まっていたとか、小林正樹、深作欣二と二度の監督降板があったこととか、「シルクロード」同様、「敦煌」も当時の日中友好看板に隠されたゴタゴタが色々あった様だ。本題はその辺で、日中友好演出装置としての「シルクロード」には戦前の西域ロマンの記憶を作用させた側面はあったのだろう。中国側ではなく、日本側の強い要望によって実現(鄧小平への新幹線車内直訴)した文革前からの企画なので、中国側に少数民族利用のプロパガンダ的意図はあったとしても薄かったと思われる。20年くらい前に第2部が制作されたが、今現在ではNHKが主導権を握る様な企画は無理だろう。実際、「シルクロード」は中国で完結していないのだが、あの番組の記憶がある身にとっては「シルクロード」は中国と同義であり、中国の原風景である。そうした中国という記号の刷り込みは無意識に行われていた。しかしながら、最近、BSのリマスター版を何本か視たのだが、ウルムチもカシュガルも旅の記憶と共に、アフガニスタン、シリア、イラク同様、「平和だったあの頃」という印象になった。

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2021年04月15日Thu [03:58] 中国  

文化大革命への道



左派家の中国史学者みたいだが、もう退官しているらしい。これも中国と社会主義というテーマに準ずるものなのだが、文革評価というのはやはり避けて通れないな。ただ、歴史という流れで行くと、文革へ至る道がポイントであって、どう間違ったという観点はそこを見ていかないといけない。それは「あの戦争」も同じことであって、間違ったことの断罪が目的化すると、原因が抽象化してしまいその行為者を悪魔化するしかなくなる。文革も単純に毛沢東が敵を打倒すべく発動したという権力闘争という定義づけはできるのだが、毛沢東がそれまで如何に「敵」を打倒してきたかという歴史を振り返る必要はあろう。中ソ対立も毛沢東の疑心暗鬼から始まった訳ではなかろうが、ソ連の陰謀論にハマっていたフシはある。文革も中越戦争もその背景はあるのだが、新冷戦で日本が漁夫の利を得る立場になるとは思えん。

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2021年04月15日Thu [02:38] 中国  

中国は社会主義か



日共系の日中友好協会(非正統)のシンポもの。今時このテーマだからか、正統、非正統共に友好協会は老人クラブだからか分らんが、30年代生まれが2人、40年代生まれが二人で、唯一の戦後生まれ大西広が遠慮してなのか一人だけ生年を載せていないが、64歳か。それでも平均は80近いな。代々木も政権獲ったら社会主義をやると明言していないので、このテーマは隠れ蓑の「野党共闘」に関係しているのだろうが、ソ連も中国も北朝鮮も社会主義国家ではないというのが代々木の公式見解だったけ。その点に於いて大西が中国は社会主義ではないと言っているのも党と一致しているのだが、其の実、中共も社会主義市場経済国家だとか、社会主義の初級段階だとかの立場を崩している訳でもないので、中共を代弁しているとも言える。香港問題に関しては真の敵は財界だとか、米国であるといった感じで、本領発揮なのだが、シンポの総括では香港や少数民族の問題に関しては全員批判的であるが、排外主義に利用されてはならないということらしい。いわゆる「ウイグル話法」批判というやつだが、ウイグルに関しては特に誰も言及していないので、批判はするなということなのだろう。代々木が公式に批判した香港問題だけがその対象で、台湾、チベットなども全く論点にはならなかった様。

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2021年04月14日Wed [03:55] 中国  

内憂外患、四面楚歌の習近平独裁 



いつものビジネス社。コロナ禍だと、むしろペースは上がっているか。李克強粛清まで話が及んでいるのだが、これはどうだろうね。ちょっと意外だったのが楊海英の登場で、二人の対談ものって、前にあったかな。ポジション的には同じだし、今は二人とも日本人なのだが、ちょっと畑が違う様な気もする。経歴的、年代的に近い李相哲との対談ものは面白かったので、今度は鼎談でお願いしたい。ただ、文革に関しては温度差がありそうで、文革後の実体験から日本経験辺りの話が良さそう。楊海英も最近、韓国批判に参戦したのちらっと見た覚えがあるのだが、やはり共通の敵は中国共産党か。

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2021年04月13日Tue [03:45] 中国  

中国人は日本の何に魅かれているのか 



まだ講談社の人ということを忘れていたのだが、本出したり、大学で教えたりできるのも、社内の稼ぎ頭だからなんだろうな。村上春樹から東野圭吾まで中国でどれだけ売ったんだという話だが、渡辺淳一の翻訳裏話だけは興味深い。日経朝刊に連載できるくらいの性描写だから、今の中国でも普通に訳されていると思っていたのだが、龍と鳳凰の交わりを想像させる場面に差し替えって、何じゃそりゃ。渡辺が一夫一妻制に疑問を呈していたというのも知らんかったが、愛人容認とかのは話は政治案件になるからアウトなのか。中国に買われた渡辺淳一記念館がその後どうなったのかは分らんが、とりあえず中国国内では見れないものが見れるという需要はある訳か。

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2021年04月12日Mon [01:38] 中国  

中国の少数民族政策とポスト文化大革命 



博論もの。ウランフと華国鋒の二本立て。テーマ的に明石では珍しいのかな。ウイグルに関してはもはや左派の踏み絵にはなっていないし、むしろそれを擁護する向きは五毛か新友好派に限られるから、日本人の研究界隈ではあまり見られない。唯一、大西広が思いつくが、最近、新疆について何か言っているのか分らんので保留。著者が挙げているのは大林洋五という人なのだが、20年前に山口大を定年で、マルクス主義史観は残存していても、こうした文革賛美の唯物史観は中国研究界では消え去っているのではなかろうか。となると、文革の意味は破壊でしかなくなるのだが、かつて階級打破を名目に行われた少数民族の破壊が、治安を名目に再び行われている現実がある。ウランフが文革から復活できたのも、そうした漢族世界のハイブリット性を有していたからで、モデルマイノリティとして、利用価値があったからではある。林彪一派の補完としてウランフが登用されたという指摘がされているのだが、華国鋒というより、周恩来の意向が働いたらしい。現在では楊海英をはじめ内モンゴル人がウランフをモンゴル族の代表と認める向きは少ないみたいだが、内モンゴルに限らず共産主義が前衛であった時代は進歩派知識人としての期待も大きかったのである。ウランフ自身は復活後も自治区とはおそらく意図的に離され、中央の人であったのだが、ウランフの一族は自治区主席を歴任しているらしい。権力者はトップの第一書記であるのだが、中央に繋がることが新たなハイブリット性となっているのかもしれん。

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2021年04月09日Fri [03:21] 中国  

中国生業図譜



『点石斎画報』本は前にも読んだが、著者が言及している通り武田雅哉の独壇場で、私が読んだのも武田本であった様だ。とはいえ、著者は武田よりキャリアはずっと長く、戦前の張家口生まれ、集広舎から2冊目の『点石斎画報』本で、もう一冊出すつもりとのこと。研文出版のシナ通本は売れなかったそうだが、版元の問題も幾分はあろう。中国文学研究畑より集広舎の方がアピール度は高いかもしれん。鹿島茂の『職業別 パリ風俗』と同じコンセプトだが、その手の本は上海もあった様な。ただこちらは基本的に生業と書いてセイギョウではナリワイと読ませるものである。中国は共産党治世下の現在でもインフォーマルセクターが経済の屋台骨ではあるのだが、この時代は役人ですらインフォーマルに近い存在である。質屋に生首を質入れする話は驚愕であるが、質入れしたのは護送中の殺人犯で、護送の旅費が無い罪人は役人が質屋に連れて行くのだという。役人の手前、質屋はカネを貸さざるを得なかったそうだが、日本だと落語のネタとしても成立しないホラーである。

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2021年04月01日Thu [02:26] 中国  

中国恐るべき暗黒の歴史



ヘイト本ポリスの河出書房もKAWADE夢文庫ではミイラ取りがミイラにみたいになってしまっているのだが、この恐ろし歴史シリーズはロシア、イギリス、西洋もあるので、中国もやらないとフェアではないか。もっとも、中共の公式史観でも解放前は暗黒となっているので、中国共産党に反対している訳ではないですよという風にはできる。問題は解放後であるのだが、初っ端からソ連の属国でったとかムフフなことを書いている。文革期の殺戮が中国の歴史を踏襲した民族のDNA的考えはダウトなのだろうけど、政治の混乱と権力の空白が暴力装置になることを今の政府は学習している訳で、人権などとは引き合わないという理解ではあろう。

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2021年03月29日Mon [03:38] 中国  

チャイナテック



伊藤忠総研なんてあったのか。ググってみたら2019年に伊藤忠100%出資の株式会社として発足したみたいだが、著者はその時に富士通総研から移ってきたらしい。この辺を専門とする中国人研究員は今はどこでも仕事がありそう。中国のテック企業からしてみれば、日本の商社の価値はイマイチ分らんだろうが、本体に技術があった訳でもないのに、出資、買収で大きくなったソフトバンクと同じ業態と見ることはできるか。日本の商社の役割はもう中国ではなく、日本に中国の金と技術を引き込むことである様だが、その背景に中国市場の飽和がある。締め出しが始まっている欧米ではなく、アフリカや中南米と言った新興市場に狙いを定めていると言われてきているが、ビジネス環境が整っているとはいえない現状で、実際に利益を出しているのかは微妙なところである。日本市場は環境的にも、国内市場、国際市場での評価を得るためにも押さえておきたいフロンティアはあるか。

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2021年03月27日Sat [02:28] 中国  

戦争孤児たちの戦後史 3 



吉川弘文館の戦争孤児シリーズらしい。1が総論編で、2が西日本編、そしてこの3が東日本・満洲編ということで、総論編は分らんが、西日本の方が東日本より戦争孤児が多かったということなのか。このテーマは「あまり知られていない」とかではなく、最近ブームと言って良いほど、類書や番組が作られているのだが、やはりその表象として使われるのは上野駅地下であり、これはもう戦後一貫してそうだと思う。ただ、人口比を考えても、東京大空襲よりも広島、長崎の原爆孤児の方が多かったではあろう。上野は地方からの流入孤児も多くいたと思われるが、やはりニュースフィルムに残されているというインパクトは強い。満洲孤児はそうした可視化がされなかったことが残留孤児の悲劇の一因でもあるのだが、孤児のまま引き揚げ船に乗れたケースも多々あったのか。中国人が子供を欲したのは神話化された物語と違って、労働力、童養媳の需要があったからでもあるのだが、そうした中国人の貰い手から逃げて日本人が来るのを待って帰国したなんて話も。

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2021年03月19日Fri [23:50] 中国  

蔣介石の書簡外交 上・下




久しぶりの上下巻もの。専門は中露史といったところになるのか。その点では蒋介石というのは意外であるが、私の様な凡人が想起する様に蒋経国から入っている。蒋経国がスターリンの事実上の人質となったのは蒋介石の判断の誤りがあったと思っていたのだが、ソ連留学は蒋経国自身の希望であったとのこと。蒋経国日記が一級史料となったのには米国に移されて政治的意味合いから自由になったことがあるかと思うが、この辺の親子の葛藤についても書かれているのだろうか。そうした私的領域よりも史的領域での解明が競われている訳だが、ドイツ、イタリアのファシズム陣営との距離の近さはソ連との関係以上に着目されることになろう。統一の象徴として大陸で再評価が高まった時期もあるのだが、それとて、戦前戦後の日本との関係が清算される訳でもない。それも米英から不当な扱いをされていたことと表裏一体であるのだが、中国の大国としての扱いの道筋は言わば妥協の産物であって、特に英国にその気が無かったことは現在に至るまで中国のコンプレックスとなっている。

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2021年03月14日Sun [16:07] 中国  

現代中国ゼミナール



これも「東大商法」である訳だが、駒場の1,2年対象となると、それなりに将来的な日本の政治外交の指針になる(と中国が見る可能性がある)のかもしれん。東大社研現代中国研究拠点というおどろおどろしい名称も中国からしてみれば社会科学院対日拠点くらいのインパクトもあるだろうし、1,2年生向けは前回出した社会人向け講義本よりは洗脳力は高いとは思われよう。もちろん東大社研中国にそんな気負いも力も無いのだが、チベットの平野聡、香港の谷垣真理子、防衛の松田康博は赤丸付けられているかも。川島真、高原明夫、丸川知雄、伊藤亜聖といったところは政治、経済、技術の大国としての中国といったテーマであり、この辺は要警戒であっても中国の政策と合致している。習近平は韜光養晦を使ったことは1度もないとしているが、日本は強い者にはひれ伏すという誤解なのか歴史コンプレックスなのか分らん認識があるとしても、今は日本に中国を大国として認知させるというのが中国の政策である。それが中国を「正しく認識する」ということなのだが、経済実益や儒教的天下概念を以て人権や民主主義といった西欧概念を無益化できるという方法論が日本で有効なのかどうか。儒教的支配体制下による戦争と高度成長経済バブルという道を既に歩んできた日本にとって、その引力には限界がある気がする。

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