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2021年04月17日Sat [22:01] チベット  

ここはチベット



科学出版社東京ということで、アレな本なのだが、東京の大学図書館で検索すると、創価大が2冊、明学、慶應といった親中派で知られる大学に蔵書あり。国学院と拓大が準備中となっているのだが、この辺の詮索は愉しい。孔子学院とは特に関係がなさそうだが、京都の仏教系大学はどこも入れていないみたいだな。チベット族が著者で、訳は三好学生。国内向けとしてはオーソドックスなものかと思える。チベットの「平和解放」は基本だが、漢族とチベット族は中国という共通の母を持つというフレーズは強烈。文成公主も死んでも仕事させられて迷惑だろうが、実際、「野蛮」に嫁入りさせられたお姫様という認識は漢族には根強かったりはする。ダライ・ラマ14世については極力触れていない感じ。古代より「中国」の領土というより、四川省との関係を提示することにより、「チベット自治区」の範囲を固定化させようとする意図も見え隠れする。

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2021年03月04日Thu [02:11] チベット  

ルンタ 



本職は写真家で、写真集とセットのものらしい。女性かと思ったのだが、自分と同じ汚いパッカーおっさんであった様だ。チベットも中国側は難しくなって長いから、旅行記需要はあるみたいで、先日は80年代のが出ていて読んだ。こちらはわりと最近のものと思われるが、そのスタンスは別人なのにあまり変わらんか。河口慧海に藤原新也が加わったといったところだが、日本人にとってチベットとは己の鏡であると同時に永遠の他者である。

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2021年01月24日Sun [03:42] チベット  

チベッタン・ジグ



著者の字面から、「蔵族」作家かと勝手に思ってしまったのだが、全くの日本人であった。それも第4回ノンフィクション朝日ジャーナル大賞入選というから、1988年か。カタリストと読ませるらしいが、このキラキラペンネームは33年前当時から使っていたものなのだろうか。本は文芸社で一冊出しているらしい。風詠社も自費版元だが、色々思うところがあって、本にしておくことにした様だ。話自体は86年みたいで、ノンフィクションというか旅行記であるのだが、チベットをドイツ人女性と二人でラサ陸路というのは青春の一ページではあったろう。86年だとチベット「暴動」前、わりと自由に入れた時代で、パッカー向けの宿もラサに何軒かあった。ネパール抜けもほぼ問題なかったのだが、漢族と間違われて襲われる日本人もちらほらいた頃。別に何が起きる訳でもないのだが、こうした旅が冒険とか放浪と言われた時代である。言語の壁は今の若者より大きいのだが、文中では流暢に込み入った人生談を語り合ったりしている。中国語は全て「漢字」による筆談みたいだが、これも問題なく通じていて、このドイツ人女性は通訳として著者を頼っていた様である。何だか、出島に来たオランダ人が中国人を通弁としたみたいな話であるのだが、今は中国の方が英語通じるのかもしれん。

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2020年12月14日Mon [16:25] チベット  

パンと牢獄



亡命チベット人映画の系譜というのはあって、何でもスイスでチベット映画祭が開催されているほど、多くの作品がある。たしかに日本だけでも中国側で撮ったものを含め何作がドキュメンタリーが出ているのだが、この著者は既に2本発表しているらしい。その書籍化なのかどうかは映画を観たこと事が無いので分らんが、ダラムサラで出会った亡命女性とチベットで囚われの身であったその夫を何年も撮り溜めていたらしい。とはいえ夫を撮ることはできないのだが、妻はスイス、アメリカと移住先をフォローし、遂には刑期を終えた夫が国外脱出に成功する。中国の臭い飯を食ってきた夫は簡単に警戒心は解かないのであるが、ロングインタビューがそのクライマックスになっている。映画はどうなっているのか分らんが、本が出たということは本人から許可が出たのであろう。

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2020年03月10日Tue [16:27] チベット  

天空の聖域ラルンガル



まず、中国政府批判を目的としていなという宣言があるのだが、別に大学人として、有形無形の圧力があるからということではなさそう。チベットと中国という二項対立はどうしても善悪二元論にになってしまい、それは歴史認識議論の限界を知る日本人にとっても賢明なアプローチではなかろう。舞台が場所的にチベット自治区ではなく、四川省域ということもあるが、チベット仏教の影響力は今や欧米よりも国内の漢族の方が大きいという現実に着目すべきではある。研究者もジャーナリストもある意味そうした立ち位置的啓蒙主義から逃れられない以上、旅行者的アプローチは有効であろう。資料の数的制約もあって、テレビ番組、旅行本、ユーチューブまで網羅しているのだが、漢族のチベット仏教浸透もそうした部分が大きく関係していよう。その点、亡命政府の漢語発信力が限られる中、中国国内の高僧の仏教に特化した漢語発信は政府にとっては表面的に否定できない以上、中国国民のチベット文化吸引要因になっている様だ。

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2020年01月16日Thu [02:14] チベット  

ツァンパで朝食を 



新規ものではなく、ストック分かな。チベットには行けるのかどうか分らんが、後期高齢者だと、政治的事情より、肉体的事情の方が大きいかと思う。ダンナも最近は海外には出てないんじゃないかな。本の雑誌社がある限り、ストック分で幾らでも出せると思うが、結構いい値段付けているな。引揚者で幼い頃は馬賊になりたかったというのだが、1歳で引き揚げて、馬賊の記憶なんてあったんかな。ただ、馬賊になりたかったというのは現在に至るまでボヘミアン志向の人たちのお約束の夢であるので、後天的なものであろう。スパイになりたかったというのも冷戦崩壊前にはよくあったが、最近だとネット工作員になりたいなのかもしれん。

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2018年12月19日Wed [05:09] チベット  

チベット仏教入門


 
「チベット文化研究会報」に連載されたものらしい。ペマ・ギャルポや木村肥佐生が創設した会で、ペマ・ギャルポは今は名誉所長らしいので、法王事務所系か。中国系のもあるかもしれんが、そうした政治的話は無い。変な言い方だが。仏教からのチベット仏教アプローチといった感じで、一応伝統仏教が根付いた国となっている日本では西洋の様な精神世界的アプローチより、チベット仏教との近似性を捉えるほうが入門として有効か。台湾でもチベット仏教という宗教という枠組みではなく、仏教の良い話という形で説法を聴きに来る人が多いらしい。台湾でダライ・ラマの政治的意味合いが強くないのもそういうことであろう。一仏教徒として仏教に向き合った時にチベット人の敬虔性は感じうるものがあると思う。そこで僧侶が妻帯する日本仏教を異端なものとしないところが一神教との違いであるのだろう。その辺がオウムにつけ入れられた所以でもあるのだが、オウムと結びつけてダライ・ラマを攻撃する様な宣伝には与しないのもまた仏教の利点ではある。

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盟友の石平並みとまではいかんが、今の市場ではもっと需要がありそうな人なのだが、単著は5年ぶりなのか。ブータン国王ブームにも一役買った訳だが、ダライ・ラマとはその分距離が遠ざかっている様な気もする。その辺は色々と大人の事情があろう。中国に関してはもはや反動呼ばわりされる事もないが、逆にネトウヨ呼ばわりされたりしている様だ。それも中国の工作だとすれば、中国も大したものだが、中共ではなく日共の仕業ではあろう。来日した当初の話は何度も書いているはずだが、毎回、新ネタを用意してきている感じ。チベット人は風呂に入らないという伝説が作られたのは自分たちが埼玉医科大病院の大風呂に入るのを躊躇したのが原因というのは初めて聞いた。人前で裸になる習慣が無かったからというのはその通りなのだが、この説が日本で定着させたの植村直己の本ではないかな。その前の河口慧海とか木村肥佐生もそんな話を書いていたと思う。中国人からもチベット人は風呂に入らないから汚いと言われたことがあるのだが、これは別に日本経由で広まった説ではなかろう。

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2018年11月22日Thu [23:50] チベット  

よろこびの書



デズモンド・ツツがダラムサラまで行ったそうだが、がんという話だったけど、大丈夫だったのか。両者とも80代とはいえ、世界中飛び回っていて、最近も日本に来たダライ・ラマが南アまで出かけた方が良かったかと思うが、中国の妨害でもあったのだろうか。ツツの娘は同性愛者でオランダ人女性と結婚したとのことだが、英国国教会的にはOKか。ただ、ダライ・ラマがセックスの話を持ち出したところ、大主教は狼狽したりしている。人類の起源はアフリカという話を持ち出してもいるが、それにはダライ・ラマの反応は無し。チベット的には狼が祖先だったかな。

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2018年06月24日Sun [02:40] チベット  

タンカ

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科学出版社東京の中国無形文化遺産の美シリーズ。タンカも中国美術であることを疑う余地の無い版元ではあるのだが、訳者は青海に留学していた人らしい。政府公式のチベット仏教史本も訳したそうだが、この種の人は日本のチベ界隈にもポジションがあるのだろうか。学術的には中国系、運動的には法王事務所系といった棲み分けがあるのかもしれんし、別にそんな括りは無いのかもしれんけど、タンカは本来そうしたところを超えるものではあろう。

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2018年06月22日Fri [18:40] チベット  

探検家ヘディンと京都大学

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今でこそ、京大は日本の人類学のメッカとして機能しているが、当然ながら、かつては東大が総本山であった。その流れを変える契機となったのがヘディンと言うと大袈裟なのだが、植民地学から探検学へ時代の趨勢は京大に有利に働いたところはあるか。カメラの利便性の高まりともに、探検家や学者のスケッチ能力は不問となりつつあるが、かつては必須条件であったものである。現在でも一流の探検家には絵心を兼ね備えている者が少なくない。ヘディンの水彩画は日本人によって多くの模写がとられ、原画が紛失したものが多い現在にあっては貴重な記録となっているのだが、こうした模写もその当時あってはテキスト的な意味合いがあったのだろう。

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2018年05月09日Wed [03:20] チベット  

ダライ・ラマ声明1961-2011

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人間で言うと、83歳になる訳だから、先日読んだ日高義樹と同い年だが、こちらは俗人ではないので、そう本を粗製乱造する訳にはいかない。チベット界隈でも、徹底抗戦派が生まれてはきている様だが、14世時代はその教えを守っていくしかなかろう。中国の強大化と共に、チベット問題が徐々に忘れ去られている気配はあるのだが、中共は次の活仏を勝手認定してコントロールする腹積もりだから、14世存命中に認定することが可能かどうか。そうした内部の不満層や国際社会へのアピールのためにも、意気軒昂であった時代の声明はまとめて発信しておく必要はあるか。初期の厳しい中国批判も収められているが、自身はその理念自体が間違っていたという風には思っていないのだろう。

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