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2019年10月17日Thu [02:21] 東アジア  

古地圖は歴史の証言者 

古地圖は歴史の証言者―大東亜戦争と災害を語る
菊地 正浩
暁印書館
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暁印書館も初見だと思うが、自費系なのか。昭和14年生まれのノンフィクションライター・旅ジャーナリストとのことだが、草思社から出た「戦争と外邦図」というのは読んでいた。ゼンリンの元役員らしい。外邦図関連が多く、前著と被っているのだが、著者のコレクション放出の意味合いもあるのだろう。自虐史観批判とか慰安婦徴用工の疑問などもあるが、これはもう年代的なものというより、日本人の共通認識になりつつあるから、旧字体とか大東亜戦争表記に思想が反映されているという訳でもない様だ。ただ、尖閣や竹島関係で日本の古地図を買い漁る人たちというのは確かにいる様で、その辺の「歴史修正主義者」から古地圖を守っていかなくてはならいという意識があるそうだ。

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2019年10月03日Thu [12:54] 東アジア  

東アジア都市の居住と生活

東アジア都市の居住と生活

東信堂 (2019-06-17)
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東信堂は教育ものだけではなく、居住関係も看板でやっているのか。大阪市大の研プロで、ニューカマ韓国人が代表らしい。韓国6、台湾2、中国1、日本1くらいの割合か。韓国底辺層研究は進歩派台頭以前の方が日本では活発だった様な印象があるのだが、それは単に韓国の貧困層が減少したからなのか、運動圏の意向が働いているのかは分からん。ただ、救済ではなく、社会運動が活動の中心になってきている様で、宗教から政治に団体のメインストリームが移ってきているのかもしれん。最近も脱北者餓死のニュースがあったが、かつて貧困層より相対的に優遇されていた脱北層がその辺の影響を受けていることは確かではあろう。日本、韓国、中国、香港では風景となっている団地が台湾にはあまり見掛けないのを前から気になっていたのだが、台北には大規模な住宅政策が無かったという。それ故、日本時代の家屋が残っていたりもするのだが、終戦後の土地所有権の問題が曖昧なまま残されたところに一因があるか。

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2019年09月08日Sun [13:44] 東アジア  

戦時下の映画

戦時下の映画──日本・東アジア・ドイツ
岩本 憲児 晏 妮 加藤 厚子 近藤 和都 平賀 明彦 渡邉 大輔 古賀 太 上田 学 門間 貴志 鄭 琮樺 李 相雨 李 道明 秦 剛 ハラルト ・ ザーロモン
森話社 (2019-08-06)
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森話社の岩本憲児本も底無しな感じがしてきたが、一番弟子の晏妮以外はメンバーの入れ替えが結構あるな。門間貴志などは久々に名前を見たが、大学人になってから本を出さなくなったという訳でもないか。その門馬が書いているのが『東遊記』という映画で、これは激しく観たい。読んで字の如くの映画であるのだが、大陸雄飛系とは逆に中国人が日本に来るという映画はこの時代では珍しい。2015年にCSで放送されたらしいが、動画サイトで見れるタイトルバックだけでもいい感じ。日本映画チャンネルはチェックしていないので、フィルセンでやってくれないかな。李香蘭映画ではあるみたいだが、スターになる前の話で、主人公は別の「中国人」凸凹コンビらしい。このパターンでは日本人女性との淡い恋というのが定番なのだが、李香蘭がヒロインなので、日本でモダンガールをしている同胞女性ということになるのか。それが満映か東映か時局の意図なのか分からんが、満映ではなく華影であれば違うパターンになったではあろう。

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2019年09月01日Sun [03:08] 東アジア  

アジア近現代史 



岩崎育夫のアジア近現代史新書は何か既視感があったのだが、2年前に講談社新書で「東南アジア近現代史」を出していたのか。それの姉妹編になるらしい。アジ研系東南アジア屋のイメージしかなかったのだが、東アジア、南アジアもカバー。中アジ、中東はナシ。近現代史としながらも、中世、近世にもかなりの頁を割いているのだが、サブタイが「世界史の誕生」以後の800年なので、これで良いのだろう。800年前は無論、近現代の始まりの時点に於いてもアジアは世界経済の7割近くの規模があったのだが、そういう見方でいくと、先の日本、今の中国は世界経済ルネッサンスとも捉えることができるか。欧州が覇権を握ったのは産業革命と植民地経営であるとすれば、米国、中国のイノベ、新植民地主義は経済史的にも説明がつくのだが、その次のインドのイノベは良いとして、新植民地はどこになるんだろう。やはりアフリカなのか。

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2019年08月28日Wed [16:25] 東アジア  

ネトウヨとパヨク 



このタイトルで新書が出るだろうと思っていたのだが、あっさり出ていたんだな。この著者は全く知らんので、対話不能になったという件はどっちの件なのかも分からんのだが、松下政経塾出身で、アゴラに書いたり、カズヤ推薦というレビューがアマゾンにあったので、ネトウヨ寄りなんかかな。福島県人で、震災フィールドワークをしているらしく、読んだところ炎上案件は放射能関係であった様でもある。放射脳陣営に一斉攻撃されたのだろうか。原発避難者だけではなく、震災避難者にも支援をと言ったら激怒したという紅白出場歌手って誰だろう、「反原発・紅白」でググると真っ先に出てくるのが斉藤和義だが、パヨクなのか。歌はわりと好きだが。とはいえ、全体的にはネトウヨ批判分の方が多く、パヨク批判は紅白歌手に収斂されている観もある。どっちもどっちも論はパヨク側に拒否感が強く、ネトウヨと同類にするなというのは自尊心が異常に高く、己の正義に一寸の疑いを持っていないからではあろう。となると韓国と親和性があるのも必然であるのだが、ネトウヨは己の優越感を満足するツールとして不可欠になるので、互いに必要な間柄という意味では日本と韓国と同じではあるか。ネトウヨ(パヨク)は敵であり嘲笑対象であるが、批判対象が自分の正義を認めないDD論や冷笑系になるのもパヨクの特徴ではある。「国際社会」に承認を求めるのもその表れであるのだが、最初から対話する気など無いネトウヨと対話とは己の主張を認めさすことと考えているパヨクはどちらも対話不能であることには変わりはないか。

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2019年08月25日Sun [02:14] 東アジア  

明治・大正・昭和日本人のアジア観光



戦前交通系最強の在野研究者であるが、もう会社は辞めたんだろうか。鉄道系は乗ってなんぼであるから、時間的制約かた足で稼げないリーマンはひたすら時刻表を読み込むしかないのだが、その範囲がガイドブックに広がるのも必然。時刻表もガイドブックも実用に供しないんどえあれば、今現在のものでも昔のものでも同じであるのだが、脳内旅行には古ければ古いほどイマジネーションも沸き立つというもの。東京駅でロンドン行の切符が買えたとか(今でも手順を踏めば買えるかもしれんが)、満鉄あじあ号とか紙とか箱の話はよくあるのだが、そのメカニズムに関してはそれほど知られていないと思うので、これは勉強になる。特にパスポート、ビザ、カネという海外旅行三大事案はシステム化された現在とは違ってかなり煩雑な手続きを踏む必要があったとも思われたのだが、実際は日本であった朝鮮、台湾はもとより満洲どころか中国までもビザどころかパスポートも不要であったという。旅行者の絶対数が今と比べて少ないということもあるが、旅行者でなくとも軍服とか警察制服とかがパスポート代わりになったらしい。工作員が紛れ込むリスクよりも、工作員を送り出す需要の方が多かったであろうから、特に問題にはならんかったのだろう。

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2019年08月22日Thu [13:51] 東アジア  

“世界の工場”への道



論集。テキスト用ではなく、ガチの集合体。各章ごとに論評付き。従来のキャッチアップ論が見直されてきているのが今の趨勢みたいだが、その関係性からか植民地近代化論批判も見直されてきているのだろうか。浅野豊美さんは最近TLで見掛けないのだが、その辺に新機軸を置こうとしている感じである。「戦前」の植民地近代化と「戦後」のキャッチアップ型工業化を繋ぐものとして「終戦後」がある訳だが、この投資が絶えた期間に両者を繋いだのは人材であるので、その担い手の研究は鍵となるのかもしれん。また。戦前中国の停滞論にも異論が出ているみたいで、戦争が及ぼした経済への影響力もそれほどではなかったのではないのかという見方も出ている様だ。こうした見方は間接的にその後経済を破滅させた中国共産党批判を補完することにもなるが、大躍進はともかく、文革期の経済成長は否定されていないので、改革開放、日本の経済支援を含め巨大な存在となった中国経済の考察も大きなパラダイムシフトが必要とされてるのかもしれん。

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2019年07月29日Mon [13:46] 東アジア  

新冷戦時代の超克

新冷戦時代の超克 ~「持たざる国」日本の流儀~ (新潮新書)
片山 杜秀
新潮社
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新潮新書ヒット法則。語りおろしものか。「バカの壁」以降、そうだと公表した方が良いという方針になったのだろうけど、一貫したテーマがない分、ただの居酒屋講義みたいな感じになっているところは否めない。新冷戦時代が未だリアルに感じられないのはかつての冷戦時代の記憶から、冷戦とは2つの帝国によるブロック争いという認識が染み付いているからか。中国が米国を上回る経済力を持ち得たとしても、曾ての国際主義建前を欠く一国完結型の党国家が多国間ブロックを形成できるのかという疑問が常にある訳で、結局、消耗戦になれば金の切れ目は縁の切れめという帰結ではなかろうか。

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2019年07月20日Sat [14:35] 東アジア  

文学部のリアル、東アジアの人文学 



二松學舍大学のシンポ本らしい。二松学舎は文学部のみの単科大学かと思っていたのだが、国際経済学部もあるのか。wiki見て莫邦富が二松学舎の博士だと初めて知ったが、自著には書いていなかったかな。都内では野球強豪校の高校の方が大学より知られている観もあるが、中国では昔から日本語関係者にはよく知られていた大学。東京の大学が一律に総合大学化する中で超一等地にある大学が総合大学化しなかったのは敷地に限りがあった事以上に専門系の自負があったからだと思うが、文学部廃止が時代の趨勢になってきている現在、大学存続の死活問題となっているのは厳しいところ。同志社や中京、大東文化など総合大学化した大学の報告者も文学部の厳しい事情を訴えているのだが、東大文学部で教職課程廃止論が出ているという話は空気読めということなんかな。教職が文学部の屋台骨を支えているという認識が正しいのかどうか分からんが、文学部廃止論或いは統合論、再編成論の背景には就活事情もあるだろう。カタカナ系学部で統合しても内実が変わるものではなかろうが、文学部だとイメージ的には虚学のままなのかな。

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2019年06月28日Fri [16:03] 東アジア  

沖縄から問う東アジア共同体



例のパチンコ財団本だが、オールスターだな。左翼にとっての沖縄は右翼の「チベット・ウイグル」と同じなのだが、進藤栄一は「ウイグル」に行っきたが、スゲー発展している、一帯一路万歳とか臆面もなく書いている。林泉忠とか中国人にはそういう事を書かせぜに、反米従中言説は日本の「知識人」にやらせるという手法は相変わらずだな。韓洪九はまともリベラルっぽいイメージもあっただが、朝鮮ネトウヨみたいな感じになっていて、ちょっと意外。韓国向けに書いたものを翻訳したのだろうか。鳩山は実は今も隠れ自民で、もしかしたら、自民に票が行くように工作しているのではないかという疑念も生じる。平均的な日本人の読者であれば、この本は逆効果にしかならんだろう。鳩山一族なんざ、革命が起きれば真っ先に打倒される存在である訳で、その防御策なのか、保険なのかよく分からん。そこに中国と北朝鮮との利益の一致はあるのだが、こうした日本の「良心的」勢力が韓国や北朝鮮、中国をを批判する様になった時こそ、自民、保守勢力にとって危機になるのであろう。

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クリかも。立命館のプロジェクト本らしいが、だから、かもがわという訳ではないか。ただ、かもがわだから、韓国、中国、香港だけで台湾はNGだったのかもしれん。立命自体の台湾人留学生がいないことはないだろうが、やはり韓国偏重は目立つな。でもって、韓国の特徴としては日本や中国より血縁意識が高いというもので、それが韓国の老人困窮問題の最大要因であることは、よく日本にも伝わっている。ただ、それは老人のみならず、中年世代でも顕著になってきているみたいで、40代から首切りが始まる韓国では血縁でのセーフティネットで、社会的繋がり喪失をカバーできなくなってきている様だ。中国からは老人世代の改革開放以前を懐かしむ声が。たしかにこれだけ格差社会になってしまうと、退職して悠々自適というかつての常識は崩壊してしまっているので、一律に貧しかった時代の方が良いということもあろう。ただ、その昔に金持ちはいなくとも、特権階級はいつの時代にもいた訳で、むしろ特権階級が民衆の羨望と敵意の対象として金持ちという存在を調整弁としているという点は見逃されているのではないか。

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2019年06月19日Wed [14:24] 東アジア  

地方発外国人住民との地域づくり



カトリック系の研究会だろうか。多文化共生教も今や疑問を投げつけられるのがデフォになってしまったが、バックボーンがある人たちは揺るがない。特に地方では大学の権威は有効であるのだが、日本人も外国人も同等に自己責任で生活している街では多文化共生も怪しい人たちの空虚な教えに過ぎない。そうした空気を執筆陣が感じていたのかどうか分からんが、淡々と現状報告に徹しているものがほとんである。何か役所のレポートを読んでいるの様な気がしたのだが、そうした空気に我慢ならなかったのか、編者の一人が暴発している。愛媛は総連と連帯した活動が活発であるみたいだが、総連のレポートみたいのが一つだけあると浮き上がった観は否めない。あとがきでは韓国の「多文化共生」策も絶賛していたから、ああやっぱりといった感じはした。

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