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クリかも。立命館のプロジェクト本らしいが、だから、かもがわという訳ではないか。ただ、かもがわだから、韓国、中国、香港だけで台湾はNGだったのかもしれん。立命自体の台湾人留学生がいないことはないだろうが、やはり韓国偏重は目立つな。でもって、韓国の特徴としては日本や中国より血縁意識が高いというもので、それが韓国の老人困窮問題の最大要因であることは、よく日本にも伝わっている。ただ、それは老人のみならず、中年世代でも顕著になってきているみたいで、40代から首切りが始まる韓国では血縁でのセーフティネットで、社会的繋がり喪失をカバーできなくなってきている様だ。中国からは老人世代の改革開放以前を懐かしむ声が。たしかにこれだけ格差社会になってしまうと、退職して悠々自適というかつての常識は崩壊してしまっているので、一律に貧しかった時代の方が良いということもあろう。ただ、その昔に金持ちはいなくとも、特権階級はいつの時代にもいた訳で、むしろ特権階級が民衆の羨望と敵意の対象として金持ちという存在を調整弁としているという点は見逃されているのではないか。

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2019年06月19日Wed [14:24] 東アジア  

地方発外国人住民との地域づくり



カトリック系の研究会だろうか。多文化共生教も今や疑問を投げつけられるのがデフォになってしまったが、バックボーンがある人たちは揺るがない。特に地方では大学の権威は有効であるのだが、日本人も外国人も同等に自己責任で生活している街では多文化共生も怪しい人たちの空虚な教えに過ぎない。そうした空気を執筆陣が感じていたのかどうか分からんが、淡々と現状報告に徹しているものがほとんである。何か役所のレポートを読んでいるの様な気がしたのだが、そうした空気に我慢ならなかったのか、編者の一人が暴発している。愛媛は総連と連帯した活動が活発であるみたいだが、総連のレポートみたいのが一つだけあると浮き上がった観は否めない。あとがきでは韓国の「多文化共生」策も絶賛していたから、ああやっぱりといった感じはした。

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2019年06月04日Tue [18:29] 東アジア  

寒冷アジアの文化生態史 



古今書院の地理もの。シリーズ名がある訳ではない様だが、東北大東北アジア研究センターの企画ものらしい。東北アジアは通常、北東アジアと称されることが多いのだが、東北大が北東を冠する訳にもいかなかったとも思われるし、北東アジア共通のなんちゃらみたいなイデオロギー系のイメージもあるので、東北アジアで妥当か。この地域でも寒冷地系は北大か東北大の担当と相場が決まっているのかもしれんけど、アイヌ・エコシステムの検証などもあって、この辺は北大だとアレなところがあったのかもしれん。

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2019年05月14日Tue [15:12] 東アジア  

陸軍参謀川上操六 



評伝というよりも、戦史もの。分からんけど、吉川弘文館の最近の傾向とは逆ベクトルではないのかな。日清戦争は日本の侵略戦争の第一歩で、台湾も尖閣も盗まれたといった中国正史は中国の反日抑制で迎合する必要も無くなったのだが、代わりに日帝の朝鮮侵略の第一歩という韓国左派から提起される様になってきた。特に東学党関係は民衆の抗日蜂起という「正しい歴史」に合致するので、北朝鮮と韓国の評価が微妙に違っても、日本の左翼学者にとっては迎合する材料にはなっている。そうした史観に本書は批判を加えているのだが、そもそも東学党は正式の軍隊ではないので、戦争の枠組みには入らないとも。この辺は韓国の上海亡命政府が日本に宣戦布告して勝利したという韓国左派の正史とも被るところなのだが、そうした与太話は戦史的には相手にしていないといったところだろうが。

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2019年04月30日Tue [02:03] 東アジア  

日本の国益



意識高い系の外交官といった感じの本を出していた人だと思ったのだが、東大教授に転身していたのか。大使にはならず、上海総領事で締めたみたいだが、小国の大使より東大教授の方が全然上ではあるか。前の本にも東大で非常勤で教えていると書いていたので、定年前みたいだし、別に天下りという訳ではないのだろう。外交官上がりで、私設研究所みたいのを作って外交評論家の肩書だと、ヤバイ系が多いのだが、東大から声がかかったということはそれだけ無難であるということ。日本の国益という題目も大学(の中の人)によっては抵抗されるところだが、とりあえず、日本の最高学府では命題として生きているということであろう。

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2019年04月28日Sun [14:51] 東アジア  

ニュースがわかる図解東アジアの歴史



ソフバン新書は前に出版事業ごと身売り撤退という話を聞いたことがあったけど、意外と続いてんだな。ビジュアル新書は新書衰退の生き残り策みたいなところもあるのかもしれん。執筆は30歳くらいの人で、東大卒カリスマ塾講師みたいだが、オールド左翼が幾ら「東大生の自民支持」を嘆いても、若者が左翼史観に惹かれるには宗教的要素が無いと無理だろう。ソフトバンクも反日とか言われているけど、私の知る限り、イデオロギー的なものは無い感じ。

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2019年04月23日Tue [19:56] 東アジア  

牟田口廉也



牟田口元凶説は最近のNHKでも踏襲されたのだが、牟田口が愚将であるなら、牟田口一人に責任を負わす世もまた愚民ではあるか。インパールが敗戦の象徴となっているのは軍の悲劇であり、民の悲劇たる原爆や空襲と違って、責任者が追求されるからなのだが、ある意味スケープゴート的役割を牟田口は担わされたところはあろう。牟田口の悪魔化は牟田口に反対した者を善玉化したが、牟田口を放任した者に責任は牟田口の悪魔化によって、分散されずに済んだと言って良かろう。当時の陸軍が持っていた権力の大きさは軍人を政治化し、高級軍人は派閥の論理で動かされることになる。牟田口はそうした権力闘争の犠牲者と言えるのかどうか分からんが、牟田口が左遷されなければ日中戦争は起きずに、牟田口が司令官でなければインパール作戦は起きなかったと、イフを唱えるのは可能である。それが牟田口を牟田口足らしめている所以であろうが、牟田口が愚将であるとして、牟田口の人間化はヒトラー同様に必要なのかもしれん。

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2019年04月20日Sat [17:20] 東アジア  

林芙美子が見た大東亜戦争



これもハート出版ということで、同時期に南京にいた林芙美子が書いていないので、虐殺は無かったということが目玉に据えられているのだが、著者は元々、南日本新聞記者で芙美子研究をライフワークとしている人らしい。韓国がきっかけで、日本はそんな悪い国だったかなと疑問に思うようになったというり、パヨク界隈の「父親がネトウヨに」みたいな話だが、新聞協会賞も受賞した社会派記者を目覚めさせる韓国もまたネトウヨ製造機と言えるのではなかろうか。とはいえ、大物パヨクの山崎雅弘を普通に引用していたりもするので、ネトウヨになりきっているということもない。林芙美子の戦争責任に対しては否定も肯定もしていないが、兵隊好き、報国活動に熱心といったワードからは批判的なニュアンスも感じる。それなのに芙美子自体に戦争責任を追求する声がほとんどないのは芙美子が女性であり、その生い立ちに階級闘争、反差別が使えないからであるのだが、南京大虐殺否定のツールとして林芙美子が使えるかというと、それも無理筋っぽい。

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2019年04月14日Sun [15:00] 東アジア  

ネットカフェの社会学



博論もの。「ネットカフェ難民」が流行った頃のものらしい。当時と状況はさほど変化してないと思うが、ネットカフェ自体も形を大きく変えたという訳でもなかろう。中国、韓国、台湾、シンガポール、フィリピンでもその歴史は日本同様、20年余になるが、パソコンやブロードバンドが大きく変わっても、そのスタイルはそれぞれ大きく変わっていないというのは興味深い。スタバに象徴されるカフェ文化はグローバルに同質化しているのだが、ネットカフェはそれぞれのスタイルを維持している。大久保にも在日客専用の中国、韓国スタイルのネットカフェがあるのだが、それは日本のネットカフェとは異なる本国に踏襲したものである。日本の特徴して上げられる個室化は最近、韓国でも取り入れられているらしいが、日本の静寂に包まれた空間は世界的にも特殊である様だ。所謂ぼっち文化の代表格でもあるネットカフェであるのだが、その利用形態としては公共空間として、図書館や映画館の延長線上に位置づけられるルーツはあるか。

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2019年03月24日Sun [02:22] 東アジア  

東アジアのケーブルテレビ



博論もの。ケーブルテレビ研究は時期を逸した観もあるのだが、地上波やBSよりもネットと親和性がある媒体なので、時代に合っていないという訳でもない。ただ、ただ、ケーブルテレビが民主化に大きな役割を果たした台湾でもその影響力は明らかに低下しているだろう。日台韓のいずれの国も加入率に大差はないというのは意外な感じがしたが、日本も半分近くの世帯が加入しているのか。ただ、その内容には差があって、日本は地域番組の割合が高いという。台湾と韓国は国土的に日本より幅が狭いというのはあるが、地域主義はむしろ日本よりも強い部分があろう。特に韓国はそうなのだが、国土が平坦で都市集中率が高い為、地上波の難視聴地域問題は早くに解消されていたらしい。日本は新聞も地域紙が未だ健在であるし、ケーブルテレビもそうした流れの中で地域性に特化する方に向かったのだろう。

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2019年03月19日Tue [21:30] 東アジア  

漱石と戦争・植民地



漱石の戦争責任もよくある遡及法テーマなのだが、それも漱石が教科書国民作家である以上、逃れられない宿命か。漱石も後世に自分が差別主義者だと弾劾されるなどとは夢にも思わなかったろうが、「満韓ところどころ」だけが集中的に糾弾される中、他にも女性差別も沖縄差別もあるよというもの。フェミ的には「白雪姫」もレイプものらしいので、漱石が無罪である訳ないのだが、沖縄に関しては何も言及しない、無関心というのが罪になるらしい。この辺は無関心こそ最大の差別主義という界隈の論理にも通じるが、関心を持ったら持ったで、植民地主義を認めないと差別主義者になってしまうので、難しいところ。

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2019年02月27日Wed [17:51] 東アジア  

支え合いの社会システム



農家に於ける助け合いシステムは古今東西を問わず普遍的に存在するかと思われるが、大陸と島ではその特性は異なってくるか。台湾は島国であるが、住民が大陸からの移民で構成される部分が大きいので、大陸的要素が強いという。その点、蘭嶼の考察が有効である。頼母子講もまた普遍的なシステムと言えるが、韓国の契には個人主義的特徴が顕著であるとも。大陸は所謂、低信頼性社会という前提もあるのだが、日本が集団主義と捉えられるのも信頼性社会を前提としたルールの厳格さがあるからだろう。

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