世界読書旅
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■ 赤と黒 
2008年06月03日 (火) 02:29 * 編集 *
赤と黒―フラメンゴの偉大なる一〇〇年赤と黒―フラメンゴの偉大なる一〇〇年
(2006/06)
ルイ カストロ

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「赤と黒」といっても、当然ながらスタンダールではなく、カストロの「赤と黒」であり、カストロといってもコマンダンテではなく、「ボサノヴァの歴史」のルイ・カストロであり、「赤と黒」とはミランではなく、フラメンゴである。ということで、副題は「フラメンゴの偉大なる100年」。出版時期をみると、ワールドカップにあわせた「ジーコ本」の一つであったようだが、雲母(キララと読むらしい)書房という知らんトコの本なので、発見するのに時間がかかってしまった。名著「ボサノヴァの歴史」と同じく、国安マナさんの訳なのだが、ブラジルでは音楽とサッカーも一つの線上にあるので、テン・ハゾン。もはや国安さんは訳者というより、詩人なのだが、「フルミネンシ」とか、「ポルトアレグリ」といった表記は、ヒオ弁か。リオの人たちにとって、フラメンゴという存在がどういうものかは分かるが、それが「全国区」で、ファン数は世界一というのは、チト大げさな気もする。ジーコ評価にも似たところがあるのだが、リオとサンパウロが別世界にあるということも感じされる。しかし、フラメンゴがレガッタ・クラブであることは知っていたが、「フルミネンシ」から誕生したというのは知らんかった。そうした誕生秘話などは面白いが、著者の同時代の話になると、どうも「フラメンゴ愛」が過ぎていかん。ボサノバに対しては、まだ評論家然としたところがあったのだが、ガリンシャの伝記をマナさんが訳してくれたら、読んでみたい。もう出ないとは思うけど。
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■ 女たちのブラジル移住史 
2008年04月09日 (水) 12:21 * 編集 *
女たちのブラジル移住史女たちのブラジル移住史
(2007/09)
小野 政子

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タイトル通りの話だが、6人の女性の手記が収められている。著者名も6人平等なのは、日伯毎日の意向か、毎日新聞の計らいか。たしかに「ブラジル移住史」は男性優位のところがあって、それは「写真花嫁」みたいな「前近代性」の歴史もさることながら、「明治男」が戦後も温存されたブラジル日系人社会の体質とも関係しているのだろう。その意味では、こうした女性たちの手記が出るのは画期的なことなのかもしれないが、実のところ、コロニア文学の世界では女性優位であった様な気もする。それもこれも、ブラジルにおいては男性には「享楽」の世界が用意されており、自ずから「文化」を必要とするのは女性の方が多いからではないかという仮説も考えられる。その点は、この女性陣の手記を読んでも確認できることなのだが、「文化」を手にした女性は、もはや「明治男」に従属する「明治女」ではない。そこに女の怨念も赤裸々に語られる訳だが、かつて母親が愛読していた『婦人公論』を盗み読みした時の衝撃なども思い出した。もちろん戦前のブラジル移住者の波乱万丈の人生は、現代の「ブラキチ」の連中とはレベルが違うのだが、最初の85歳の手記と、最後の97年移住組の人の落差はスゴイ。97年の人もその辺にコンプレックスがある様だが、その前の72年アマゾン移住組の人がターニングポイントで、この人が一番共感を覚えるし、文章がしっかりしている。それにしても、全員が全員、病気を人生の転機としているところは興味深い。遅ればせながら、私もそうした感情を理解できる様になったのだが、出産を経験した女性が「生と死」という局面にナーバスであるのは当然のことなのだろう。
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■ 子どもたちのアイデンティティー・ポリティックス 
2008年03月11日 (火) 12:18 * 編集 *
子どもたちのアイデンティティー・ポリティックス―ブラジル人のいる小学校のエスノグラフィー子どもたちのアイデンティティー・ポリティックス―ブラジル人のいる小学校のエスノグラフィー
森田 京子

新曜社 2007-07-30
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アメリカの博士論文ものらしい。在日日系人研究というテーマは、日本を異質文化を排除する国というイメージを持っている欧米でも注目を浴びているものらしく、非日本人、非日系の研究者も参戦して、内外にかなり多くの論文が登場している。当然ながら、そうした外国籍研究者の視点は「被差別者」である「ガイジン」の日系人からみた、日本社会の閉鎖性をアピールするという帰結になるのだが、それに対峙する日本人研究者が、「ガイジン」と視点を同化もできていないのに、同じ様な結論を出してしまうことには違和感があった。著者もスタートとしてはそうした「外国人差別」「閉鎖社会」といったアプローチがあった様だが、そうした陳腐な視点に捉われることが、欧米式の「人種論」であったことに気が付く。その意味でモデルとされる「多元化主義」に疑問を呈し、日本社会が元来持っている「寛容性」を見えないものにしているという指摘はなるほどと思う。しかし、いかんせん長すぎる。教室の現場に密着して、子どもたちの一挙一投足を詳細に記録するという作業は、教育フィールドワークの常識なのかもしれないが、「アップル小学校」のPTAでも、これを消化するのは大変だ。ブラジル人という「他者」に対する文化摩擦が、アイデンティティが定まっていない小学生のレベルでは、時に残酷さが表れたりもするのだが、それがあくまでも「子どもたちのアイデンティティ・ポリティックス」であって、オトナのソレと同質に考えるのも変な話であろう。その意味で、最初は日本の「異質社会」をアメリカ人に説明するといった印象があった著者の記述が、だんだんと日本人に向けて書いてある様な印象に変っていくのは面白い。
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■ 神の苦悩 
2008年02月23日 (土) 11:15 * 編集 *
神の苦悩-ジーコといた15年神の苦悩-ジーコといた15年
(2007/05/11)
鈴木 國弘

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副題に「ジーコといた15年」とある。ということで、ジーコの通訳だった鈴木さんの本。トルシエの通訳だったダバディの本ほどは売れないだろうけど、これで著作も2冊目というのだから、監督が解任されたらサヨウナラの日本代表の通訳でも印税が保証される。「語録」が売れているオシムの通訳も地味な研究書ではなく、通訳本をいずれ出すのだろう。鈴木さんも今は「充電期間」とのことだが、Jリーグからブラジル人が消えることは無いから、まあ安泰ではある。もっとも、後10年もしたら日本育ちのブラジル人がワンサカ参入してくるだろうから、Jリーグにおけるブラジル・ポルトガル語通訳という雛形を確立する必要もあろう。この人の場合、その「超訳」ぶりが話題になったのだが、その理由もちらっと書いている。大学生のスペイン語通訳が正直に分かりませんと言ったことに驚いたとのことだが、言語能力以上に通訳というのは相手との信頼関係と、両者の人間的資質が影響するということは間違いない。前の例とは逆のケースだが、横フリにいたジーニョがテレビのゲストで出ていた時、通訳の言うことが通じず、「分からん」を連発して通訳が半キレになるという珍しい場面を見たことがあったが、ジーコと鈴木のレベルなら、こういうことは起きなかっただろう。鈴木の超訳には私も納得できないところがあったのだが、ジーコもそれを了承していたフシもあったのは確か。その意味ではオシムは失格だが、爺さんだから文句は言えない。私はてっきりこの著者はブラジル生活が長い人かと思っていたのだが、併せて数年といったところらしい。若き日にブラジル移民を夢見たのはこの年代では珍しくもないのだろうが、それが海外へ行けるのはブラジルしかないという消去式ではなく、実際に密航を企て失敗したので、小野リサの親父の店でバイトし、ブラジル大使館にも出入りして「ブラジル・ボーイ」として留学の切符を掴んだという経緯があるらしい。密航失敗後に永山則夫の運命を辿らず、現在があるのも、その動機の部分があったからなのであろう。
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■ 夢多き大地・ブラジル 
2008年02月08日 (金) 21:19 * 編集 *
が


夢多き大地・ブラジル 河島公夫著 2006 河島書店

自費出版の改訂版を出してしまうというのもスゴイが、著者・発行者は自分で、ISBNナシの自分版元とという本は、新風とか文芸といった安易なエセ版元に頼らなかった点では評価できる。ハードカバーだが、もちろん値段などついていない。図書館にどれだけ寄贈し、どれだけ開架になったか、奇特にも借り出してくれた人が私の前にいたのかどうかは知らぬが、「謹呈」のしおりが挟まったままというのも何か悲しいものがある。それでも帝人を定年まで勤め上げ、その後関西石原慎太郎の会に勤務したという人の余生なら、自費でも金銭的には余裕なものだろうし、新風で印税収入が入ると信じている連中よりは潔いと思う。そんなこともあって、内容は正に自分出版の王道である。著者のブラジル滞在は70年代というから、その古さはともかく、帝人での仕事(牧場経営や大屋政子の接待などもあったらしい)や、自分が行った町を順に紹介(これも自費旅行記の王道だ)、付け焼刃的な歴史、文化の紹介に、ゴルフコンペの写真とか、お世話になった人の紹介という、正に自分による自分のための自分の本。どっかから流用したのか、統計資料なども色々挟んで、それらしくは仕上がってる。しかし、サッカースタジアムの収容人員が、ほとんど水増しされているのは70年代の資料っぽいが、パカエンブーが7万人はないでしょう。「黒人特有の悪魔的醜さ」という表現も気になったが、まあ自分版元だから、何を書こうと勝手というものだ。しかし、さすがにボワッチについては書いてないな。エイズも無かった時代、駐在員さんは随分遊んだだろうが、どうなんでしょう。
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■ ジンガ:ブラジリアンフットボールの魅力 
2007年12月30日 (日) 11:14 * 編集 *
ジンガ:ブラジリアンフットボールの魅力ジンガ:ブラジリアンフットボールの魅力
(2006/06)
竹澤 哲

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「ジンガ」という映画に登場した人物のその後を訪ね歩くという『Number』系の本だが、その映画自体を観ていないので、話の繋がりがイマイチ掴めない。この映画については先日読んだ本でも触れていたのだが、ブラジルサッカーの光と影を捉えた秀作らしい。ロナウジーニョ、ロビーニョや(フットサルの)ファルカンみたいな成功した有名人もプロテストに何度も落ちているファベーラの少年やカポエイラやフットバレーの選手も同列に追ったドキュメンタリーとのことで、ちょっと探して観てみよう。どうもこうした『Number』タッチのものは好きではないのだが、題材が題材だけに外せない。また、貧しい生い立ちから這い上がる式の類型化されたストーリーから多元化されているのも興味をひく。著者はイベリア半島を8年間放浪したという人らしいが、スペイン、ポルトガル(ジブラルタルもか)だけで8年も「放浪」なんかできるのか。現在も「放浪癖」が収まらないとのことだが、どうも業界の「放浪」とは私のイメージする「放浪」とは違う様だ。パッカーやってた時代もこの「放浪」という言葉には抵抗があって、「旅行」としか称していなかったのだが、「放浪」は「放浪」できない人がやっかみ半分でつける他称であるケースが多い様にも感じた。このブログのタイトルもそうした意味が込められているのは言うまでもない。
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■ オーパ!の遺産 
2007年12月05日 (水) 22:40 * 編集 *
オーパ!の遺産オーパ!の遺産
(2006/04/20)
柴田 哲孝

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「オーパ!」とは故開高健の著であるが、氏に心酔した著者が、同じようにアマゾン流域に釣りに行く話。てなことで「オーパ!の遺産」というまんまなタイトル。どうでもいいけど向こうの発音は「オッパ」とか「オォッパ」。まあ「ジーコ」の例もあるし、なんか真ん中を引き伸ばすという法則があるのだろうか。著者はパリダカにも参加していたという「アウトドア派の作家」らしいが、下山事件の関係者の孫でもあることから、下山関連の本も書いている様だ。個人的に釣りは全く不案内なので、「釣り文学」がジャンルとして確立されているとは知らなかったのだが、やはり冒険小説などマッチョ系なものと同系らしい。この辺も「開高健の遺産」的なものなのかもしれないが、たしかに女性で釣りが好きという人はあまり聞いた事が無い。なにか「釣り」という行為自体が男性本能に影響されたものの様な気がしないでもない。承知の通り、「河」は女性名詞である場合が多いのだが、魚は男性名詞である。男性が征服したいのは実は「母なる大河アマゾン」であって、その体内において、優秀な精子である大魚を仕留めるということに意味があるのだろう。その戦いの勝利したから、リオデジャネイロ(一月の河)のボワッチに乗り込むというのも、ちょっと何だけど。
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■ 海を渡ったサムライたち 
2007年10月23日 (火) 08:53 * 編集 *
海を渡ったサムライたち―邦字紙記者が見たブラジル日系社会 (ルネッサンスBOOKS) 海を渡ったサムライたち―邦字紙記者が見たブラジル日系社会 (ルネッサンスBOOKS)
ニッケイ新聞編集局報道部 (2006/06)
ルネッサンスブックス

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パウリスタ新聞と日伯毎日が合併してニッケイ新聞となってから、もう9年も経つ様だが、その書籍化が幻冬舎のルネッサンスの方から出るというのも寂しいものを感じる。もっとも、それだけ勢いがあるという言い方も可能なのだが。かつて日伯毎日はよくコロニア語の記事を載せていたのだが、さすがに日本の読者を対象にした本では、まともな日本語である(あえて修正、注釈しなかったと思われる箇所もあるが)。最近の読者はどういう層なのかよく分からないが、本文にもある様にデカセギ帰国組の子弟とか、「オタク」のブラジル人といった「新日本語族」は、あまり販路拡大には寄与していない様だ。それでもコロニア語人口は大幅に減ってきている筈だから、紙媒体以外の読者に活路を見出さなくてはならない。この本もその名刺代わりみたいなものなのだろうか。ということで、「伝統ある」コロニア語文も消滅の危機に立たされている訳だが、日本という「コロニア」で誕生した「新コロニア語」が普及する日も近いだろう。そうした流れにも新聞社である以上、無関心ではないのだが、やはり、今でもコロニア通信が真骨頂だ。勝ち組、負け組の当事者取材なんかもあって興味深い。ロライマの「カボクロ」化した”ナカムラ”さんのインタビューも可笑しい。表題が「海を渡ったサムライたち」だけあって、とにかく市井の人(アレックスとかラモスのサッカー選手は違うが)が盛りだくさんなのはイイと思う。幾人か知人の消息も分かったりして、新聞と読者の距離の近さを感じる。地方ミニコミ紙もこんな感じなのだろうか。
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■ アマゾン、森の精霊からの声 
2007年06月18日 (月) 07:15 * 編集 *
アマゾン、森の精霊からの声 アマゾン、森の精霊からの声
南 研子 (2006/11)
ほんの木

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一時スティングが関心を持ったことで盛り上がったアマゾン森林保護運動。結局、リオ・サミットがピークだった様な気もするが、やはりスティングがきっかけだというこの著者は地道に十数年、運動を続けているらしい。その辺り、南正人の嫁さんという立場がどれだけ役に立っているのかは分からんが、40を過ぎてから、昔の「ヒッピー魂」が甦ったといった感じっぽい。しかし、ダンナと違ってハッパとは無縁なのかも知らんけど、中身は「森の精霊からの声」というより、「ワタシの声」なので、こういう「運動系」に偏見を抱く私には辛いものがあった。自らを「文明社会」に属すると規定することによって、相手を「高貴な野蛮人」に押し留めているといった印象もあった。かといって、他に有効なアプローチがない以上、原罪を「文明人」に与え、「野蛮人」に「文明」を与えるという宣教師モデルからの脱却は難しい。文化人類学者よろしく、現地に定住して緻密な調査から対象に近づくとか、婚姻関係を結び完全同化したりなどしたら、それこそ「運動」の本質からは外れてしまう。運動はやはり、一にカネ、二にカネ、三、四がなくて、五に自己顕示欲といったところであろう。そのカネの問題もちらっと書かれているし、出版の目的もそうなんだろうけど、自己顕示欲に関しては相当なレベルの持ち主なので、それが「職業」として長く続いた理由と思われる。読書的にはそこが一番のネックになるが、個人的に、「研子、支援を頼む」みたいな相手の発言の二人称が皆、自分の名前の呼び捨てというのはどうも好かん。これは女性(男もたまにいるが)が外国人との会話で好んで使うパターンで、自分が(外国人)の相手と親しいということをアピールしたいのだろう。著者が現地語はもちろん、ポル語も英語もダメということは別に問題ではないが、「研子、研子」ばっかり文中に出てくると、もう、いいトシなんだしとも思ってしまった、ホント余計なお世話だろうが。

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■ 俺の名はジョニーじゃない 
2007年04月30日 (月) 21:10 * 編集 *
俺の名はジョニーじゃない―サッカーとコカインを愛した男の転落と再生の軌跡 俺の名はジョニーじゃない―サッカーとコカインを愛した男の転落と再生の軌跡
ギリェルメ フィウーザ (2006/05)
青山出版社

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ブラジルの『塀の中の懲りない面々』といった話だが、主人公はブラジルらしく麻薬密売人。普通の日本人ならこの本を読んで驚くのはブラジルの「塀の中」の環境。これが囚人に人権を認めているのか、人権などという概念が存在しないのかは意見が分かれるところかと思うが、「塀の中」でもカネがあれば、それなりの生活を出来るというのは「世界」の常識。もっとも日本でも最近、暴力団組長に「便宜を図った」として刑務官がタイホされるなんて事件があったから、ひょっとしたら日本でもそれは常識なのかもしれない。ただ、さすがに「塀の中」で嫁さんとセックスしたり、コカインをキメたり、マックの出前をとったりなんてことは日本ではかなわんだろう。テレビを持ち込んだり、タバコ、酒も可ということ自体が信じられんかもしれん。これが「懲罰」なのかどうか不思議にも思うが、「懲役」であると考えればそうなのかもしれない。フィリピンの監獄などでも、日本人受刑者が塀の中で知り合った女性と結婚して子どももつくったなんて話があるが、日本では宅間守の様に獄中結婚した囚人が塀の中で子どもを作れる可能性は今のところ0パーセントのはずだ。その代わりと言っちゃあ何だが男色は日本でも横行していると聞くし、リンチで死亡したなんてニュースは珍しくない。その辺が「世界基準」なのに、「自由」は限りなくゼロに近い日本の塀の中はそれこそ人権以前の問題なのかもしれない。これで再犯率が大して違いなければ考えものだが、50%(日本)と80%(ブラジル)で大した違いがあるのかどうか私には分からん。さて麻薬関係は問答無用で死刑なんて国は多いのだが、「大物密売人」が二年の刑期というのはどうなのか。麻薬中毒の為、治療処分というカラクリなのだが、殺しでも5年で出てくる可能性もある日本が言えたもんじゃないか。ただ、出所後の話は出来過ぎていて、最後までメタにした方がよかったんじゃないかと思う。そしたら本人も協力せんかったかもしれないけど。

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■ 私の小さな楽園
2007年02月05日 (月) 11:42 * 編集 *
映画
私の小さな楽園私の小さな楽園
エレーナ・ソアレス アンドルーシャ・ワディントン ヘジーナ・カセー

ジェネオン エンタテインメント 2004-09-24
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NHK-BS2

BSでは珍しいブラジル映画ということで、視てみたけど、これが結構面白かった。設定が設定だけに登場人物の容姿もリアリズムを追求している。三番目の男だけちょっと浮いている感じはしたが。私はてっきり、あのダンナは全てを見通しの上なのかと思ったが、そうではなかったのは意外。説明や道程を排した編集は映画的な文法である。
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■ 感動!ブラジルサッカー 
2007年02月03日 (土) 22:53 * 編集 *
感動! ブラジルサッカー
藤原 清美
講談社
売り上げランキング: 297292

発行日を見ると、結果賞味一月くらいしかなかった様だ。どうも慌てて作った典型的な便乗本といった感は否めないが、前に紹介した『フチボウ』の様に四年後に再版される様なシロモノではないことは確か。この著者はCSではお馴染みの人なんだけど、今回、彼女の年齢を知ってビックリ。別に年齢差別する訳ではないが、前からオトナの女性があんな喋り方をしてブラジル人はどう思うのかと考えていたのだが、まさか四十近い人だとは思わなかった。略歴によると、よく分からん賞を受賞しているらしいけど、まあこれはブラジル的受賞なんだろう。セレソン密着取材を許されているのもそうした理由だと思えるが、2002年の取材ビデオはホント視ていてイライラした。ポルトガル語の語彙不足は致し方ないとしても、あんな幼児が「ジャーナリスト」として密着しているのをウザイと思っていた関係者も中にはいたのではないか。ただ、「ジャーナリスト」は取材をしたり、分析したり、それを記事に、映像にしたりという以上に、どう「コネ」を作るかの方に能力に分かれ目があるので、その意味では「ジャーナリスト」として優秀な素質を持っているのかもれない。しかし、それが彼女の作戦なのかどうか分からぬが、やっぱりブラジル人女性と日本人女性は別の生き物なんだなあと感じてしまう。
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