2016年07月01日Fri [04:37] カメルーン  

民族境界の歴史生態学 

民族境界の歴史生態学: カメルーンに生きる農耕民と狩猟採集民 (プリミエ・コレクション)民族境界の歴史生態学: カメルーンに生きる農耕民と狩猟採集民 (プリミエ・コレクション)
大石 高典

京都大学学術出版会 2016-04-11
売り上げランキング : 188597

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


博論もの。コンゴ側のピグミーは前にフィルワ本があったが、こちらはカメルーン側。たばこ研究所からも助成があったみたいで、たばこ、酒を主軸に於いている。先住民族を酒で無力化させるのも、パターンではあるのだが、この森奥深くの住民に酒の味を覚えさせたのは白人であるとは言えないか。酒やたばこを買うために賃金労働せざるを得ないのだが、カカオ畑などで、彼らの雇用主である部族も現金が無く、酒だけ与えて働かされる場合も多々あるとか。カカオ畑は男の畑で、女の畑とされるその他作物の畑と区別されるのだが、伝統的に畑は女の仕事であったらしい。日本でも戦前の炭鉱などではたばこや酒が現金代わりに使われていたことがあったと思うが、酒もタバコもやらずに労働するというのはピューリタンとかになってしまうのか。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2015年10月14日Wed [23:47] カメルーン  

298日間の海外支援奮闘記

元JICA専門家 中小企業診断士 298日間の海外支援奮闘記元JICA専門家 中小企業診断士 298日間の海外支援奮闘記
吉村 守

同友館 2014-11
売り上げランキング : 519102

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


シニボラではなく、JICA専門家の滞在記。中小企業診断士というから三橋貴明と同じ肩書きか。よく考えてみると、日本のストロングポイントの最たるものは中小企業力であろうから、JICAとしても日本型中小企業育成を途上国支援として重視しているのかもしれん。で行ってたのはパラグアイとカメルーンだが、パラグアイの記述はあまりなく、ほとんどがカメルーン。カメルーンに比べればパラグアイはほとんど問題無しという感じだが、奮闘記から連想される苦労話はホテルでお湯が出なかったとか歯痛になったとかいうくらいで、現地企業、人に対する不満はほぼ聞かれない。この辺は三橋と好対照だが、元々大手メーカにも中小企業にも勤務した人で、現場感覚が染みついているのだろう。カメルーンの社長さんも立派なお客さんである。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2013年06月05日Wed [01:59] カメルーン | 本・雑誌 |読書メモ  

焼畑の潜在力

焼畑の潜在力―アフリカ熱帯雨林の農業生態誌焼畑の潜在力―アフリカ熱帯雨林の農業生態誌
四方 篝

昭和堂 2013-04
売り上げランキング : 683965

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


博論もの。熱帯農業生態学ということだが、これは理系分野なのだろうか。博士は地域研究ということで文系の様だが。アグロフォレストは最近着目されている農法だけど、焼畑も過去の否定的見方は無くなって、今では再評価されているらしい。著者は10年近くカメルーンの森でフィルワをしている人らしいが、純粋に農産物の作付け記録を取り続けているのはアフリカを民俗学とか新興市場とかで捉えるのではなく、農本主義を基盤に置くということなのだろう。文化人類学的な話はコラムで触れている。しかし、バナナもカカオも本当の収穫現場の値段は異常に安いな。フェアトレが真っ当なモデルとは思わないけど、生産者の顔が見える形を作っていくことが、問題の是正には繋がると思う。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2013年03月30日Sat [02:06] カメルーン | 本・雑誌 |読書メモ  

護るために殺す?

護るために殺す?: アフリカにおけるスポーツハンティングの「持続可能性」と地域社会護るために殺す?: アフリカにおけるスポーツハンティングの「持続可能性」と地域社会
安田 章人

勁草書房 2013-02-15
売り上げランキング : 240501

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


博論もの。このテーマは邦文の先行研究は無いかな。言及はしていないんだけど、このタイトルは白人の調査捕鯨批判に対する意趣返しだね。ということで、アフリカにおけるスポーツハンティングのメリットを検証しているのだが、観光産業としての雇用創出は疑わしいらしい。客のほとんどが白人であるこの世界は白人は白人のホストを望んでおり、ノウハウ的にも資金的にも黒人が参画する余地はないという。それでも付随した観光業の雇用は創出されるかというと、地元民が雇われるケースはほとんどなく、特定の部族が既得権益として、欠員が出たらコネで採用する程度らしい(カメルーンの例)。政府の許認可製であり、税金収入はあろうが、それが地元に還元されることもなく、逆に村が強制的に立ち退きを求められるなどデメリットの方が多い。一律に禁止すると、文化としての継続性が失われるので、数量コントロールの下ならば許可されるべきというのは、つまり調査捕鯨と同じ論理。シーシェパードの抗議活動はない。鯨と違って知能が足りない動物は人間への貢物であるというのがキリスト教。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2010年08月26日Thu [04:00] カメルーン | 本・雑誌 |読書メモ  

遥かなるカメルーン

遥かなるカメルーン―アフリカ西海岸での異文化体験遥かなるカメルーン―アフリカ西海岸での異文化体験
太田 精一

彩流社 2010-06
売り上げランキング : 514559

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



ワールドカップ商戦もさすがにカメルーン本はないなと思ったら、出ていた。しかし、最新ネタの書き手はよう見つけられなかったのか38年も前のドアラ滞在記。この頃はもうロジェ・ミラは活躍していたんだろうが、アフリカ・サッカー自体がまだまだ世界には遠い存在で、それは日本にとっても同じこと。今やカメルーンという国の存在を知らぬ日本人は少ないだろうが、当時はそれこそ、それどこの世界であろう。著者はジェトロOBだが、日本大使館も無かった当時にジェトロは現地事務所を構えていたのか。今の中国みたいに販路を必死に開拓していた時代なのだろうが、現地の輸入業者が価格面で割安な日本製品に欧米製品から乗り換える様なども書かれている。今、中国がアフリカで成していることは日本も韓国も辿った道なのであろう。著者は後にジェトロの出版部で編集などもしていた人らしいので、38年前の記憶を辿ってというより、既にどこかに書いていたものをリライトしたのだろう。子どもたちも、もう50歳くらいの勘定になるが、今はアフリカも家族で赴任というケースは少なくなっているんじゃないかな。アフリカの日本人学校は現在、カイロ、ナイロビ、ヨハネスの3つだけか。アフリカの場合、旧宗主国系のインターナショナル・スクールは充実しているのだろうが、著者はポリシーとして公立校に子どもたちを通わせたものの、イジメにあってフランス学校に転校させたという。よくアフリカではイジメがないとか言われるけど、シノワー=東洋人はガキからオトナまで差別の対象であることは知られている様で知られていないかな。日本で黒人がジロジロ見られるから差別だと言われることが多いけど、日本人がアフリカに行けば、その百倍はジロジロというか凝視されることになるだろう。それも植民地根性の負の遺産とも言えなくないが、実際のところ、アフリカ人だろうが、白人だろうが、東洋人だろうが、ヒトの行動原理は似通ったもので、ただ環境が違うだけということなのかもしれない。まあそれでも、著者はアフリカの子どもたちは貧しいが、目がキラキラ輝いていたとかの文言は外さないのだが。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2010年06月08日Tue [14:12] カメルーン | 本・雑誌 |読書メモ  

森の小さな<ハンター>たち

森の小さな〈ハンター〉たち―狩猟採集民の子どもの民族誌森の小さな〈ハンター〉たち―狩猟採集民の子どもの民族誌

京都大学学術出版会 2010-02-22
売り上げランキング : 343712

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


カメルーン本もワールドカップ記念にもっと読んでみたいのだが、この手の文化人類学フィーワーものしかないか。この著者は手話啓蒙本でいい仕事している人だが、本職はこっち方面でこれも博論もの。元々は理系で京大のサル研にいたそうなのだが、サルからヒト、ヒトから手話というのはコミュニケーション手段研究の「進化論」を地で行く様な感じも。このフィルワー地となったカメルーン東南部、ピグミー系狩猟民バカの村はその名称も関係しているのか日本人研究者の草刈場になっている様で、著者がこの地を研究の対象に選んだのも「地盤」を受け継ぐという背景があった様だ。そんな中で体育界の強靭な体力がないから大人の狩猟ではなく、子どもを対象に選んだというのもヘタレだが、文化、人間関係がまるで異なるアフリカでは結果的に「ケガレ」のない子どもを希望の対象として位置づけることが多いから、そうしたことも最初から予想していたのだろう。日本だと大の男が子どもを対象とした研究をすることにかなり制約がつく時代になってしまったが、カメルーンの密林では水中パンツ投げ大会なども詳細な記録を残せるというもの。前にコンゴ共和国側での調査をした人は子どもたちを随分と幻想的に描いていたのだが、こちらはかなり世俗的というか、現実的で、昆虫を代用した「狩猟ごっこ」などは結構グロい。子どもたちがパパイヤや与えた揚げパンなどを犬や乳児にまで分配するのはそういう慣習が根付いてのものだろうが、仲間の目がないと独り占めしたり、秘匿したりするケースもあることも報告している。別に貧しいが子どもたちの目は輝いていた。翻って日本の子どもはといった陳腐な結論になっている訳ではないのだが、類書に比べて感情移入が少ないのは著者がコミュニケーションを精神的というより道具として捉えているからなのかもしれない。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

ぼくの村、カメルーン・フルベ族の人びと「ひとつよろしく。」ぼくの村、カメルーン・フルベ族の人びと「ひとつよろしく。」

梨の木舎 2009-07
売り上げランキング : 113860

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


2001年の日付で「はじめに」が書かれていて、これは調査を始めた30年くらい前から、10年間位の間に書かれたものらしい。つまりは1960年代後半から70年代前半に書かれたものらしいが、2001年に出版予定だったものの、諸処の理由で見送りとなり、2008年に著者は急逝したとのこと。そこで、遺族(たぶん)が出版社とかけあい、ようやく今年になって陽の目を見たというものらしい。著者が68年から、毎年滞在して調査を続けたというカメルーンのフルベ族については、別にまとまった研究書を出している様で、著者としても特に思い残すことはなかったのかもしれないが、1942年生まれというと、享年66か。王様が出してくれた大飯を連日食らったり、地ビールをがぶ飲みしたりする場面があるが、若いときの不摂生が寿命に影響したことはないだろうか。フルベ族で66まで生きれば長老の部類かもしれないが、日本ではようやく年金受給資格がとれる前期高齢者。レヴィ=ストロースが10まで生きたのも、フィールドワークに早くに見切りをつけ、書斎派の哲学者に転身したからではなかろうが、ただでさえ、戦中、戦後の時代に育っただけで、ちょっと気になる。なお、タイトルの「ぼくの村」は著者自身のことを言ってるのではなく、語り部の村の少年のこと。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑