2015年03月12日Thu [23:38] ザンビア  

宗教の始原を求めて

宗教の始原を求めて――南部アフリカ聖霊教会の人びと宗教の始原を求めて――南部アフリカ聖霊教会の人びと
吉田 憲司

岩波書店 2014-06-26
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アフリカの独立教会に関しては良く分からんかったのだが、このザンビアを中心とした「ルポルタージュ研究」でその輪郭を覗えた。傾向としてはカトリックは容認、プロテスタントは非容認の立場みたいだが、キリスト教系新興宗教の常、プロテスタントから枝分かれしたものも多く、ザンビアではエホバの証人の影響力も強いらしい。聖霊教会と呼ばれる一連の教会は憑依と病気治癒をウリに信者数を伸ばしている様だが、これは医療制度整備が完全となるまで続くのだろう。ザンビアにはかつて統一教会の鬼門に下って韓国人女性と結婚し、バチカンから波紋を受けた大司教がいたが、その人物のその後のレポートが興味深い。結局、一度結婚を解消したものの、数年前に件の韓国人女性と結婚して韓国に在住しているという、もう高齢なのでザンビアへの帰国を模索しているらしいが、この人のウリも病気治癒の様だ。

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2009年04月09日Thu [02:18] ザンビア | 本・雑誌 |読書メモ  

南部アフリカ社会の百年

南部アフリカ社会の百年南部アフリカ社会の百年
小倉 充夫

東京大学出版会 2009-02-20
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祝!初ザンビア本。著者はザンビアの現調も務めた人らしいが、それは30年くらい前の話で、最近は移民問題などを講じてたらしい。そうした視点でザンビアの人たちがどこから来て、どこへ行くのかといったことを研究しているのだが、著者がこの本のタイトルを「南部アフリカ社会の百年」としたのも、現在、ザンビア人と呼ばれる人たちが、「ザンビア人社会で百年」を過ごして来た訳ではないからである。独立前は北ローデシアがあったが、ローデシアやマラウィ、そしてモザンビークから移住してきた人が多く、それは国境線を超えて、同系統の民族が住むという世界でもお馴染みの理由が背景にある。植民地時代は同じ英領ということで、移動も緩やかに行われたが、ヨーロッパの弱小国であったポルトガルはアフリカで植民地を経営する力はなく、モザンビークやアンゴラといった南部アフリカのポルトガル領は実質的に英国植民地の影響下にあったらしい。南アフリカにポルトガル系白人住民が多いのも、モザンビークやアンゴラからの再移住組だろうが、マカオでは早いうちに中国に主権を引き渡したものの、香港の手前上、撤退はできず飼い殺しにされるは、東チモールでは周知の通りで、夜逃げするはで、ポルトガルが植民地を持つのは身分不相応であったことがよく分かる。実質、今ではEUに入っていなければ、ブラジルの植民地みたいなものか。それで、ザンビアにもモザンビーク出身の人が多いそうだが、ポルトガル系が南アに出れば、黒人はザンビアに出る。アパルトヘイト時代はANCの亡命拠点もあり、先鋭的な立場をとっていたから、南アの黒人もだいぶ受け入れた様だ。著者はそうした外交を優先させ、内政をおろそかにしたことが、今日の失敗国家に繋がったとしているのだが、民主主義国家であっても、選挙に負けた側が全てを失うゼロサムゲームがアフリカの特徴であるとしている。ホワイトハウスなども選挙の結果で入れ替わるが、今回の様に共和党閣僚も数人留任させることで、挙国一致体制をとるアメリカ型政治とは違うので、政治にインセンティブが働かない。ジンバブエのムガベは国際的圧力で、野党を首相に入れたが、暗殺者に付狙われて、家族が殺されてしまたりでは、何が首相かというところ。そんなゼロサムゲーム大陸に乗り込んできたのが、アジアの新覇権国家中国。欧州と違って内政干渉しないと言っても、中国が人権とか民主をアフリカで言い出したらお笑いだ。ザンビアの野党候補は、「反中国」を旗印に掲げ、実際、中国人が襲われる事件も起きたそうだが、中国が憂慮するまでもなく、ゼロサムゲームで淘汰される。万一、勝ったとしても寝返らすのは屁でもないだろう。ただ、やって来るのは粗悪な製品と商人、そして労働力まで送り込んで「援助」する中国のやり方に一般のザンビア人が反感を募らせているのは確かな様で、これでは「顔の見えない援助」の方がマシではないかという気もする。

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