![]() | アルメニア人ジェノサイド―民族4000年の歴史と文化 中島 偉晴 (2007/04) 明石書店 この商品の詳細を見る |
このテーマについてはフランスやアメリカといった大規模なアルメニア人コミュニティを抱えるところでは、「悲劇の遺産」としてかなり政治問題化されているところがあって、「南京大虐殺」と同じ構図があるのだが、トルコは国を挙げて「まぼろし説」を掲げているというから、相当な筋金入りだ。その理由はケマル・パシャの建国神話とも関係しているところもある様だが、「虐殺」を認めた国外在住の作家を国が名誉毀損で起訴したというから徹底している。日本で言えば大江健三郎を国が訴える様なものだろうか。フランスではアルメニア人ロビーにより、ジェノサイド決議に持ち込むことを成功させているのだが、それによって国際的同情を勝ち得たとはとても言い難い状況だ。この辺もアメリカの「従軍慰安婦決議」と似た構造があるのだが、いずれにしても第三国で起こったことを第三国議会が非難決議したところで、その当事国以外には関心を持たれることはないということであり、そこに「政治的動議」という逆効果以上のものが生まれることはない。「ホロコースト」という「財産」を得たユダヤ人は自身の「財産」と競合するものを排除するという姿勢の様だし、ヒロシマ・ナガサキの「成功」も米国という加害者とそれを民族主義動機によって糾弾せず、「平和」を旗印にした日本という構図があるからだろう。「日本アルメニア研究所」を主宰している著者もまた「民族主義的動機」の色合いが強い。著者のこだわりらしいが、「テュルク」「テュルキイェ」表記と使い分けは、日本語で読むと、どこか架空の国が起こしたことの様にも感じてしまう。100年近く前の悲劇を以って現代のアルメニア人に同情せねばならぬ切実な理由は日本人にも、どこの国にもなかろう。中国や韓国がバーターで取引するかもしれないが、トルコとアルメニアを天秤にかけることは、日本と中国を天秤にかけるより結論が明らかであるという事情もある。やはりユダヤ人の「成功モデル」というものはそう簡単に真似できるものではないという気もするのであった。



