2015年01月06日Tue [00:53] エチオピア  

誰が差別をつくるのか

誰が差別をつくるのか: エチオピアに生きるカファとマンジョの関係誌誰が差別をつくるのか: エチオピアに生きるカファとマンジョの関係誌
吉田 早悠里

春風社 2014-04-15
売り上げランキング : 817212

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


博論もの。時勢に乗じたテーマという事ではなく、2002年から続けているというエチオピアのフィルワである。カファ地方にはカファという人たちとマンジョという人たちがいて、前者が後者を差別する構造がある。となるとよくあるマジョリティ対マイノリティとか、経済格差による差別などを想起してしまうが、そんな生易しいものではなく、インドの不可触民的扱いをマンジョは受けているらしい。この地がかつてカファ王国であり、カファが支配民族であったという事はある様だが、エチオピア帝国編入後に国民国家となってからはマンジョはイノシシを食べるから不浄であるというのが理由とされているらしい。インドでも、かつての日本でもそうだが、結婚は本人ではなく家族の決定事項である以上、通婚は行われず差別は温存される。現在ではマンジョはアファーマティブ・アクションの対象となっているらしいが、それがまた逆差別であるという必然的な批判を呼んでいる様だ。そうした国家の介入以上に大きな影響を齎しているのが宗教であり、カファ、マンジョ共に、エチオピア正教、プロテスタント諸派、カトリックによる改宗の草刈場となり、同一宗教の信徒となった両者の間でも差別構造があったりと、宗教は差別解消に寄与しているという訳でもないらしい。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2014年07月16日Wed [12:41] エチオピア  

ナチュラル・ファッション

ナチュラル・ファッション 自然を纏うアフリカ民族写真集ナチュラル・ファッション 自然を纏うアフリカ民族写真集
ハンス・シルヴェスター 武者小路 実昭

DU BOOKS 2013-12-13
売り上げランキング : 13774

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


これは観光化された民族になるのか。その奇抜さはぶっ飛んでいるが、どこまでが原型なのか分からんな。ツアーもケニアからというから、エチオピアでも首都から相当離れた僻地になるのだろうが、「すばらしき世界旅行」では放送できないレベルか。版元がディスクユニオンというのも感慨深いものがあるが、LPからCD移行は乗り切ったものの、もうその先は見えないから別の事業形態に移行しているのかな。お茶の水の双頭であったシスコは今はどうなっているのだろう。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2014年04月08日Tue [02:00] エチオピア | 本・雑誌 |読書メモ  

エチオピア駐在見聞録

エチオピア駐在見聞録エチオピア駐在見聞録
尾幡 佳徳

セルバ出版 2014-01-28
売り上げランキング : 372839

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


略歴ではJICA専門家として駐在になった人らしいが、文中では会社から命じられてとあるので、コンサル関係か。駐在に当たって、エチオピア本を探したが、目ぼしいものがなく、地球の歩き方を何度も読み直したらしい。そうした事から、自腹で後学のために情報をということなのかもしれんが、本当に生活情報に特化しており、この種の本にしては珍しく自分語りがほとんどない。家族を連れての駐在であった様だが、仕事の内容も家族構成も不明である。アジスアベバ辺りではそれなりの外国人社会も現地上流社会もありそうだが、ライフラインがダメなので、快適な暮らしは縁遠く、土木関係と推察される地方出張ベースは最悪であった様だ。そうした事情や為替管理の理由で、外資の進出はほとんどなく、その辺はやはり中国の独壇場か。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2012年05月19日Sat [01:08] エチオピア | 本・雑誌 |読書メモ  

ファシストの戦争

ファシストの戦争―世界史的文脈で読むエチオピア戦争ファシストの戦争―世界史的文脈で読むエチオピア戦争
石田 憲

千倉書房 2011-10-25
売り上げランキング : 666166

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


たしかに日本ではエチオピア戦争に関する研究が少ないのだが、副題にある通り、この戦争が世界各国からの義勇兵が参加した国際的であったことはあまり知られていないのでは。国際的義勇兵といえばスペイン市民戦争であるが、イタリアがどう位置付けていたにせよ、エチオピア戦争は内戦ではなく、文字通りの国際戦争であった。戦争の大義から言っても、この場合義勇兵がはせ参じるのはエチオピア側の方なのだが、アメリカの黒人の他、エチオピア軍の顧問をしていたスウェーデンやベルギーの部隊などもイタリアと戦った(そして捕虜になった)らしい。対するイタリア側の大義とは野蛮な黒人国を白人が文明化するというものであるから、さすがにこの当時であってもそれに表向き同調する国はなかったのだが、ドイツからユダヤ人が多くイタリア軍に志願したのだという。既に時代はナチスの時代であるから、論理的な矛盾があるのだが、出国の手段として使われたらしい。結局、イタリア軍は外国人は受け入れなかったということで、志願したユダヤ人の運命がその後どうなったのかは気になるところだが、外国人どころか、戦争に熱心だったのは北部だけで、南部はてんで無関心だったらしい。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2011年12月13日Tue [02:10] エチオピア | 本・雑誌 |読書メモ  

アベベ・ビキラ

アベベ・ビキラ 「裸足の哲人」の栄光と悲劇の生涯アベベ・ビキラ 「裸足の哲人」の栄光と悲劇の生涯
ティム・ジューダ 秋山勝

草思社 2011-08-20
売り上げランキング : 363846

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


イギリス人ジャーナリストによるアベベ・ビキラの評伝だが、アベベは海外では忘れられた英雄だったのか。その例外は本国エチオピアを除くと、イタリアと日本なのだそうだが、これはローマ、東京で五輪連覇したからということもさることながら、イタリアではエチオピアとの関係性から、日本では言うまでもなく、その哲学者然とした風貌と円谷幸吉の件で人々の記憶に残っているのだとか。日本では著者がインタビューできなかったアベベのライバル、マモ・ウェルデに数十回も面談したという評伝が出ているのだが、むろん著者は日本語の本を参照はしてはいない。ただ鬼塚社長にはインタビューしている。アベベが忘れられた存在だからということではなく、文化的事情だろうが、アベベのコーチを務めたフィンランド系スウェーデン人を「恩師」としてアベベ本人並みに焦点を当てている。もっとも著者としてはアベベの生い立ちを詳しく書きたかった様だが、そうした史料は見つけられなかったのだという。それはアベベがエチオピアではどこにでもいる平凡な出であったからというのだが、そんな平凡なオトコの才能を発掘して開花させたのがこのスウェーデンという意味もあるのだろう。なお、アベベに関しては物静かな思慮深い性格というのは言葉の問題などから海外メディアが勘違いしたイメージであって、エチオピア人の間では、快活で酒好きな男であったという。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2011年12月10日Sat [00:15] エチオピア | 本・雑誌 |読書メモ  

なんにもないけどやってみた

なんにもないけどやってみた――プラ子のアフリカボランティア日記 (岩波ジュニア新書)なんにもないけどやってみた――プラ子のアフリカボランティア日記 (岩波ジュニア新書)
栗山 さやか

岩波書店 2011-10-21
売り上げランキング : 75233

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


岩波ジュニアに珍しい素人ブログ発掘らしい。阪神淡路を知らない子どもたちも大勢出てきているから、今回が第二次ボランティア元年とも言える訳だが、エチオピアとなると、バンドエイド以来か。109ギャル店員が世間に疲れ、旅に出て、覚醒し、恵まれない子どもたちの為にボランティアというのがポイントだったんだろうけど、あの憧れの09店員の世界も実は体育界系で、労働時間過剰で、人権蹂躙の女工哀史であるというのが岩波の目に留まったのかもしれん。だからこそ、世界各国のボランティアが続々逃げ出す過酷な病院で、キリスト教的奉仕精神とは無縁の様な著者がやっていけたのかもしれないが。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2011年08月01日Mon [01:28] エチオピア | 本・雑誌 |読書メモ  

土器つくりの民族誌

土器つくりの民族誌―エチオピア女性職人の地縁技術土器つくりの民族誌―エチオピア女性職人の地縁技術
金子 守恵

昭和堂 2011-04
売り上げランキング : 396180

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


博論ものだけど大幅に改編したとのこと。読みやすくはなっているのだろうが、土器つくりの技術的な話が多いので、余程興味ある人以外には辛いものも。一人称が「著者」なのも珍しい。つくり方が中心なのはそこがツボであるからで、著者本人が修行したものであるから致し方ないだろう。個人的に興味を持ったのは職人が土器を販売するやり方で、仲買人とか卸といったものは通さず、本人が市場に並べて、客が気に入ったらお互いに値段を言い合い、客が妥当と思われる金額を出して、それを職人が受け取って、コンコンと土器を叩いたら取引成立というもの。値段交渉も余計なセールストークもナシ。合理的である。エチオピアにおいて土器がかくも需要があるのは、経済的というより物理的要因かららしいが、今後電気ガス水道といったライフラインが整備されれば、中国製の調理道具に石鹸されるのかもしれない。既に都会では電熱コイル付きの土器などが人気を博しているらしいが、中国人が工場で大量生産に乗り出しいるのかもしれん。その意味でもこうしたフィルヮは民俗誌として貴重な記録になるのだろう。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2009年04月22日Wed [01:17] エチオピア | 本・雑誌 |感想  

ランボーとアフリカの8枚の写真

ランボーとアフリカの8枚の写真ランボーとアフリカの8枚の写真
鈴村 和成

河出書房新社 2008-12-02
売り上げランキング : 282699

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


120万円もかけて、ランボーはアフリカに写真機を持ち込んだのに、8枚しか写真を残さなかったのはどういうことか。という問題提起で始まる物語なのだが、なぜかランボーの足跡を追って、エチオピアで消息不明になった知人をその奥さんと一緒に探しに行くという話になって、奥さんが現地ドライバーとセックスに耽っている描写になって、ようやく、これがメタフィクションであると分かった次第。全く忘れていたのだが、この著者の金子光晴とランボーが邂逅してたとかいうデッチ上げ話を前に読んでいて、同じ手法でまた騙されてしまった。そうと分かれば、退散したいところだったのだが、半分近く読んだ本を投げ出すのも、勿体ないなので、一応読了。こういう小説モドキが好きな人には良いのだろうが、どうもこの手のものは苦手だ。ランボーの話も長文引用ばかりだし、奥さんのエロ描写も、所詮「フランス文学者」は、「フランス書院」の足もとにも及ばないといった感じ。著者の本業は小説家ではなくて、文芸評論家だそうなのだが、最後に自分の作品を自分で批評っていうのはどうなのか。この主人公二人は共に作者の分身であって、片方は狂言廻しの役割で、とか、てめえの作品を解説してしまったら、元も子もない様な気も。遠藤周作だったか、自分の作品が大学入試に出たが、自分の答えは間違っていたなんて話もあったが、どう読むかは読者に任せてこそ「作家」ではなかろうか。その辺の意識は「評論家」はまた別なのだろう。自分は他人の作品を批判したりするくせに、自分が書いたものを批判されたり、読者の好き勝手な感想は許せないのが「評論家」という稼業なのかなという気がしないでもない。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2008年04月29日Tue [09:51] エチオピア | 本・雑誌 |読書メモ  

エチオピアを知るための50章 

エチオピアを知るための50章 (エリア・スタディーズ 68)エチオピアを知るための50章 (エリア・スタディーズ 68)
(2007/12)
岡倉 登志

商品詳細を見る


恐ろしく平均値が高い「知るための」シリーズだが、これはその中でも、上位に位置する完璧な出来だと思う。もっとも、エチオピア本自体が少ないから、入門書でも概説本でも即戦力という事情はあるのだが、それはアフリカや黒人世界における、エチオピアの存在感を考えると不当な扱いと言わざるをえない。とはいえ、古くは皇族と日本人女性結婚話や、走る哲学者アベベ・ビキラなどで、日本でも御馴染みの国なのだが、「エチオピア饅頭」というものは初耳だった。イタリアとの戦争において、日本の世論がエチオピア応援で盛り上がったとは、その後の歴史を考えると複雑なものがあるのだが、日本とエチオピアが結びつくことは、列強にとって危惧すべきことだったのだろう。そう考えると、日本がムッソリーニやヒットラーと組まされたのも、黒人運動を抑えたいアメリカの陰謀の様な気もしてくるのだが、キリスト教、ユダヤ教、アメリカの黒人運動、パン・アフリカ運動、アフリカの年、革命、社会主義、冷戦、内戦、飢餓、これほどあらゆる国際情勢のキーワードが詰まった国というのも珍しい。イスラエルのソロモン作戦なんてのもあったが、ライブエイドとかもユダヤが絡んでいたそうな感じもする。少なくとも、エチオピアが古いキリスト教の国ということで、あの運動が盛り上がったことは間違いなかろう。白人、黒人双方にとっても、エチオピア人というのは、他のアフリカ人より美的に映るということもあるのだろう。イタリアはエチオピアが貴族が奴隷を支配する国であるというプロパガンダを張って、その侵攻を正当化したそうだが、これはどっかの国と同じだな。まあ、「侵攻」も「解放」も、その土地の人間にしてみれば、本質的には同じものということなのだけど。そんな感じで、国際政治フェチにとっては、やたら勉強になることが満載なんだけど、ずっと気になってた編者と岡倉古志郎の関係が、岡倉天心の曾孫と孫だったとは、不覚にも全く知らなかった。そんなこと小谷野敦の本にも出てなかったぞ。ありがとうエチオピア。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑

2007年05月27日Sun [02:58] エチオピア | 本・雑誌 |雑誌  

エチオピアのキリスト教 思索の旅 

エチオピアのキリスト教―思索の旅 エチオピアのキリスト教―思索の旅
川又 一英 (2005/09)
山川出版社

この商品の詳細を見る


タイトル通りの話なのだが、これは著者の没後に発見された遺稿なのだという。享年六十というのは現代(日本)では早すぎる死だが、まさか、このエチオピアの旅での無理がたたったのはあるまいか。フラフラになりながら、「ゴミ箱から拾ってきたようなバス」で2日とかいう道中なんて話も出てきたのでドキッとしてまう。それ以上に著者を悩ませたのが、失業が慢性化している当地において、外国人旅行者を狙う、ガイド、物乞い、たかり、スリ、融通が利かない役人といったエチオピア人たちであった様で、この辺の「悪名」は私のエチオピアへの旅を躊躇させているところでもある。ただ、観光地でガイドを雇うことで、しつこく付きまとう連中から身を守れるなんていう「妥協点」もある様で、「ガイド」が対外人関係ヒエラルキーの上位にいることが分かる。「公認ガイド」は、ほとんど特権階級であって、そのおこぼれを「非公認ガイド」が狙う構造となっているらしい。そうした自称ガイドが警察に連れてかれてしまう話も出てくるが、「無料で親切心から」案内する自称ガイドの話が正しいのか、「外国人を騙そうとしていた」とする警察の話が正しいのか不明だというのは、何か物悲しい。私も似た様な経験がモロッコであるのだが、うるさい野郎が連れて行かれて、最初はザマアミロとか思ったが、その後で落ち込んでしまったことを思い出した。そこに「裕福」な旅行者である自分と、「ガイド」をするしかない現地人との関係性が重くのしかかる訳だが、一見「親切そうな」韓国人やアメリカ人が、世界最古のキリスト教国家へキリスト教系新興宗派の「布教」に乗り出していることにも、著者の眼は厳しい。しかし、そうした煩悶も東方キリスト教世界にのめりこみ、遂にはギリシャ正教に入信するまでになった著者にとっては、旅のクライマックスであるアクムスの祝祭の現場に立ちえたことで、十分おつりがくるものであったのだろう。全くの門外漢である私にも著者の宗教心が伝わってくる。早すぎた死は残念だが、著者の魂が安心して天に召されたことを祈る。

Comment:0 | Trackback:0 | Edit | Page Top.↑