記念すべき初ベルギー本なのだが、これが私の苦手な西洋史もの。てな訳で、中身については勉強になりましたとしか言えないのだが、このフランドル地方の人たちとは結構ウマが合うことが多く、また、会うベルギー人がことごとくオランダ語系の人たちである。そうしたことを顧みればたしかに「ブリュージュ」ではなく、「ブルッへ」であるべきなんだろうけど、この「ブリュージュ」黄金期の話を読むと、なるほど、なぜにこの地方の人たちが海外に出かけていくのかよく分かる。元々交易国家として栄華を極めたこの都市は多くの移民集団を抱えていたらしい。その栄華がもう少し続いていたら、出島経由でオランダ語の「ブルッへ」が定着していたかもしれない。私が「ブリュージュ」と言われて思い出すのは80年代に来日した「クラブ・ブルージュ」なのだが、これも極めて日本式(英語風)の呼称だった様だ。クラブの顔だった巨漢FWヤン・クーレマンスも名前からしてオランダ系っぽい。この言語問題は今でも下手すりゃ分離独立に繋がる恐れがあるもので、著者もそういう微妙な問題は詳細に立ち入らないとしている。ただ、終盤にこの地方随一の著名作家の逸話が出てくる。そのローデンバックという人は一貫してフランス語で書いた人らしい。その小説はフランドルをノスタルジックに描きパリで、大ヒットしたとのことだが、ブリュージュ市民には甚だ不評だったらしい。その小説のタイトルは『死の都ブリュージュ』だとか。



