2016年11月19日Sat [05:27] ポーランド  

中欧の街角から

中欧の街角から: ポーランド三都市・ウイーン旅行記中欧の街角から: ポーランド三都市・ウイーン旅行記
副田 護

批評社 2016-10-10
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団塊ライターだそうだが、娘がポーランドで結婚するので、一族を引き連れての旅行だったらしい。普通だったら、娘の嫁入りに思い出がフラッシュバックしてみたいな展開になるのだろうが、長年この稼業をしている人なので、陳腐なものになるのを避けたみたいな感じ。ただ、娘の結婚式でも泣くどころか、特に感じるものはなかったというのはわりと普通である気もするし、嫁とは30年以上も同じ部屋で寝たことが無いというのも日本の熟年夫婦では珍しい話でもなかろう。親は牧師で、その孫娘は曹洞宗で得度した仏教徒のポーランド人と結婚というのも別に不思議ではなかろうが、新郎の家は当然ながらカトリックなので、仏前の結婚式はできず、無宗教の結婚式となったのだとか。何でも共産主義時代の名残で無宗教婚もシステム化されているらしく、司祭役は市役所の儀典課長が務めることになっている様だ。ポーランドに限らないが、冷戦後世代と、冷戦世代の分断がちょうど日本の戦後、戦前世代と同じ様な感じであり、終戦を挟んだ団塊の著者と、同行した戦中の兄の感覚のズレと似ているとのこと。

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2016年10月09日Sun [04:49] ポーランド  

ショパン・コンクール

ショパン・コンクール - 最高峰の舞台を読み解く (中公新書)ショパン・コンクール - 最高峰の舞台を読み解く (中公新書)
青柳 いづみこ

中央公論新社 2016-09-16
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この方面は全く疎いのだが、裏事情としては興味深かった。著者は現役ピアニストなので、もちろん表事情がメインで、昨年のコンクール・レポートが個々の演奏評価を含め詳細である。裏としては参加者の国籍で、アジア系参加者、具体的には日中韓が多くを占め、アメリカの参加者もアジア系が大部分とのこと。中でも韓国の好成績が目立つが、ゴルフと一緒で、幼少期からのエリート教育が功を奏しているのだろう。ただ、日本や中国は型にはまらない「新人類」も出てきているらしい。国際コンクールは開催国の国威発揚の場として捉えるのは普通のことで、冷戦時代に限らず、現在でも「大人の事情」が審査に絡むことは間々あるらしい。ポーランド人審査員に受ける演奏というのが入賞の条件にもなる様だが、事前のDVD審査とかは収録環境が違うから、有力候補が通らなかったりもするらしい。

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2016年02月26日Fri [03:40] ポーランド  

世界はこれほど日本が好き

世界はこれほど日本が好き――No.1親日国・ポーランドが教えてくれた「美しい日本人」世界はこれほど日本が好き――No.1親日国・ポーランドが教えてくれた「美しい日本人」
河添 恵子

祥伝社 2015-10-31
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アマゾンのレビューで一つだけ酷評があるなと思ったら、アレな人だった。こういうのは間接的な中韓批判になるから、あの界隈ではヘイト本扱いか。著者はその道の人ではあるのだが、ポーランドは親日国として度々名があげられるわりには過去に何冊かでた以外は類本が無かったか。コルベ神父、「ロシア兵」俘虜、ポーランド孤児や梅田良忠、日本人形といった本が出ている話もあるが、、ポーランドがメインではない杉原千畝がかなりのページを割いている。ユダヤに関してはポーランドも日本も「共犯者」的な部分があることは否めないので、その点では共通の利益はあるか。一般的にポーランド人の親日感情はトルコ同様、日本がロシアに勝ったというところに嚆矢が求められるのだが、ロシア人自体も親日感はある訳で、革命以前、社会主義時代のロシア経由での日本情報が影響したということも考えられるのかもしれん。

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2016年02月14日Sun [03:22] ポーランド  

アウシュヴィッツの手紙

アウシュヴィッツの手紙アウシュヴィッツの手紙
内藤 陽介

えにし書房 2015-11-10
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アウシュビッツはただ、その施設があった場所というのみ世界で知られているのだろうが、実際は街があって、かつては公国であった。それがポーランド名オシフィエンチムである訳だが、ドイツ語でもこの名前の方が通りが良かった経緯があって、ナチスの収容施設も当初はオシフィエンチムを使っていたらしい。そうなるとアウシュビッツをアウシュビッツたらしめているのはドイツの記憶であり、すなわちナチスの記憶なのだろう。その意味ではアウシュビッツをホロコーストの代名詞にすることは間違いないのだろうが、それはヒロシマやフクシマといったカタカナ表記でその土地の人間性を消去するのと同じことであり、アウシュビッツとオシフィエンチムの間にある何かを探る必要はあろう。著者の狙いは神話の解体ではなく、神話の脱神話化なのだが、収容所に入れられたユダヤ人が手紙を出したり、小包を受け取ったりすることが可能だったというのも固定化されたイメージとは違うものかもしれない。もちろんそれは検閲など制限があるものであった訳だが、例えば今、北朝鮮の強制収容所にその様な事が許されてるいるかというと、そうではなかろう。北朝鮮の収容所を描いた絵葉書もいつかは世に出るのだろうが、アウシュビッツの戦後イメージ形成に関係国の思惑が大きく関係していたことも再確認すべきである。

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2016年01月07日Thu [03:21] ポーランド  

マリ・キュリー

ちくま評伝シリーズ〈ポルトレ〉マリ・キュリー: 放射能の研究に生涯をささげた科学者 (ちくま評伝シリーズ“ポルトレ”)ちくま評伝シリーズ〈ポルトレ〉マリ・キュリー: 放射能の研究に生涯をささげた科学者 (ちくま評伝シリーズ“ポルトレ”)
筑摩書房編集部

筑摩書房 2015-10-20
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ちくまポルトレ。「キューリー夫人」は子供向け偉人伝の定番だったのだが、最近はどうなんだろう。このシリーズは先にヘレン・ケラー」も出ているのだが、この辺は復習扱いになるのかな。最近の社会情勢との関連でいうと、マリ・キューリーがフランスの外国人移民であったこと、自らも放射線障害を負ったことなどが関係してくると思うが、女性で2度ノーベル賞を受賞した科学者というのが基本か。この人も一時は「フランスの敵」扱いされたこともあった様だが、その背景は年下のフランス人との「情事」だけなのかな。その辺の寛容さは当時のフランスには無かったものかもしれんが。

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2015年07月05日Sun [11:21] ポーランド  

アウシュヴィッツを志願した男

アウシュヴィッツを志願した男 ポーランド軍大尉、ヴィトルト・ピレツキは三度死ぬアウシュヴィッツを志願した男 ポーランド軍大尉、ヴィトルト・ピレツキは三度死ぬ
小林 公二

講談社 2015-05-27
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所謂アウシュビッツ公式史観とは毛色が違うものなのだが、公式のアウシュビッツ言説はポーランド人にとって他人事の様なところがある。それはポーランド人を被害者側に置くのか、加害者側に置くかという微妙な問題と直結するので、あえて曖昧にされたのかもしれん。ポーランド人は加害者ではなく、被害者だったという正統性を巡る攻防は韓国の一連の「反日条件反射」と通じるものがあるのだが、片や社会主義政権、片や軍事独裁政権からと戦後に「第二の解放」を迎えたが故、正統性に固執するところがあるのだろう。その意味に於いても亡命政府軍将校だった主人公のアウシュビッツ経験は興味深い。戦後、スターリン主義政権下で拷問を受け、処刑された主人公が、これに比べればアウシュビッツの拷問など子供の遊びに過ぎないと呟いたというのも意味深である。

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2015年03月19日Thu [00:26] ポーランド  

ポーランドの前衛美術

ポーランドの前衛美術ポーランドの前衛美術
加須屋 明子

創元社 2014-12-10
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戦後史。社会主義リアリズムが美術の規範となた戦後ポーランド美術界に芸術家たちがどう幹あったは興味深い。映画監督でもそうだが、ポーランドはわりあい国外移住が容易で、フランスやアメリカに流出したアーティストたちは必ずしも政治的事由ではない様だ。それ故、国内でも国外の情報が入りやすく、前美術は雪解けとともに復活し、工業都市カトヴィツェを中心に花開いたらしい。ポーランドにはどうも現地化する日本人の系譜があるみたいで、60年代には鴨治晃次という日本人作家が観念芸術の分野で大きな影響力を持って活動していたという。

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2015年03月07日Sat [00:04] ポーランド  

ぼくはナチにさらわれた

ぼくはナチにさらわれた (平凡社ライブラリー と 11-1)ぼくはナチにさらわれた (平凡社ライブラリー と 11-1)
アロイズィ・トヴァルデツキ 足達和子

平凡社 2014-09-10
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原著は1969年。当時のポーランドの出版状況がはよく分からないが、もしかしたらナチス弾劾のプロパガンダとして受け止められたのかもしれない、著者のポーランド人実父の件など詳しく書けない部分もあったらしい。邦訳は冷戦崩壊後の1991年で、今回復刊したのは横田めぐみさんの件と関係あるらしい。ナチスと北朝鮮のどちらが非道かという問題ではないのだが、ドイツ人だと思っていた自分が、ある日ポーランド人だと知るという展開は北朝鮮拉致被害者の子供たちにも起こったことか。著者がポーランドへの帰国の道を選んだのはアイデンティティによるところというより、養父の再婚に反発したからであるのだが、暗殺した反体制派の子供を軍事政権が養子として育てるという類似した話がアルゼンチンにもあったな。ナチスの影響かどうか知らんが。

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2015年02月10日Tue [00:45] ポーランド  

イエジー・スコリモフスキ読本

asa.jpgイエジー・スコリモフスキ読本―「亡命」作家43年の軌跡
遠山 純生

boid 2014-09
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「シャウト」しか見たことがないのだが、ポランスキーの「水の中のナイフ」の脚本も書いているのか。亡命43年といっても、ずっと行ったり来たりの生活をしていたみたいで、別に政治的な問題があった訳でもなく、ポランスキーみたいな刑事的な事情があった訳でもないらしい。結局、今はポーランドに戻ったとのことだが、英国で家を建てた際には、ポーランド人を雇って安く仕上げたらしい。その話は映画になったそうだが、面白そうだ。「アンナと過ごした4日間」は川端康成が下敷きになっているのか。
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2014年06月13日Fri [02:49] ポーランド  

ポーランドに殉じた禅僧梅田良忠

ポーランドに殉じた禅僧 梅田良忠ポーランドに殉じた禅僧 梅田良忠
梅原 季哉

平凡社 2014-04-24
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大戦時に欧州を舞台にした諜報戦における梅田という名前は記憶に引っ掛かってはいたが、こんな背景があったとは全く知らなかった。しかも帰国後は東欧史の泰斗となり、中学生の息子をポーランドに送り出す。その息子が後に連帯幹部になったとはちょっとスケールが違う。元々は駒沢大を出た禅僧でドイツに留学するつもりが何かの拍子でポーランドに留学して、現地雇員として大使館勤務。ソフィアではポーランド人亡命組織と関係を築き、「すごい美人」のポーランド人の恋人がいてとか、怪しい話が満載である。この禅僧の身分は朝日新聞通信員であって、ブルガリアの機密ファイルにも偽装身分を疑われているのだが、朝日は元よりスパイに寛容な社風である。よく分からんのが、一番のポーランド人同志は戦後粛清され、本人も共産主義に同調するところは無かったのに、中学生の息子を共産党政権下のポーランドに留学させ、大学卒業後、連帯に関与し外国人のまま幹部になったという経緯。結局国外追放にはなったらしいが、程なく民主化の波が押し寄せ、息子はポーランドに戻ってワレサの通訳なども務めたという。

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2014年04月09日Wed [13:45] ポーランド | 映画 |映画  

パサジェルカ

映画
パサジェルカ [DVD]パサジェルカ [DVD]

紀伊國屋書店 2010-10-29
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監督はユダヤ系らしいけど、本当に事故死だったのかな。

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2013年03月16日Sat [23:48] ポーランド | 本・雑誌 |読書メモ  

消えた将校たち

消えた将校たち―― カチンの森虐殺事件消えた将校たち―― カチンの森虐殺事件
J.K.ザヴォドニー 根岸 隆夫(解説)

みすず書房 2012-12-19
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原著は1962年とのこと。この時代はまだドイツ犯行説が優勢で、ソ連の衛星国と化したポーランドで出された「真相本」ではなぜか事件よりもアメリカ非難が大半という代物だったらしい。著者はワルシャワ蜂起にも参加した元国軍少尉で、戦後は渡米しアメリカに帰化した人とのこと。91歳で亡くなったのは昨年なので、真相を見届けることは出来た様だが、この著書が祖国で発禁を解かれたのは1988年らしい。出版当時は冷戦危機も赤狩りもあった訳だが、事件発生時のアメリカでは親ソ感情が鮮明で、反ナチス感情の裏返し以上に、赤軍がそんな残虐な行為をする訳が無いという論調が一般的だったらしい。

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