2016年03月20日Sun [03:07] 旧ユーゴスラビア  

トランペットを吹き鳴らせ!

トランペットを吹き鳴らせ!  セルビア&マケドニア ジプシー音楽修行記トランペットを吹き鳴らせ! セルビア&マケドニア ジプシー音楽修行記
吉開 裕子

共栄書房 2016-02-25
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関口義人に勧められれて本にしたのだという。「ジプシー音楽修行記」そのままで、一人飛び込んで、各地に演奏家を訪ね、飛び入りで舞台も立つとなると、武者修行とでも言うべきか。当たり前なのだが、話が音楽に偏っているので、旅行記としてはそれほど面白くない。セルビアも一時期の悪者イメージからは脱却したが、EU加盟はコソボと共に、ロマの扱いもネックになっているのかな。その分、ビザのハードルが低いのか、中国人の住民がかなりいるとのこと。ロマ音楽もセルビア系にまで広がっていている様だが、セルビアを出たロマの演奏家も多そうだから、その穴を埋める形でセルビア人が入っているのかもしれん。

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2016年01月22日Fri [01:54] 旧ユーゴスラビア  

アイラブユーゴ 3 女の子編

アイラブユーゴ 3 女の子編 (自主管理社会趣味)アイラブユーゴ 3 女の子編 (自主管理社会趣味)
亀田 真澄 山崎 信一 鈴木 健太 百瀬 亮司

社会評論社 2015-03-09
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第3弾。編集が入れ忘れたというエロネタは雑誌の写真だけちょっと。本文で触れていないのは執筆陣が全員東大出だからという訳ではないか。「WR:オルガニズムの神秘」という映画は観てみたいが、ティトーはほぼ毎日映画を観て、専属の映写師は亡くなるまでの32年簡易8801本の映画を上映・収集したというのは驚き。これに匹敵する国家元首は金正日くらいじゃないか。親父の金日成はティトーと親しかったみたいだが、ウチの息子は映画バカで、女優に手を出してなんて話はしたのだろうか。申相玉・崔銀姫夫婦拉致はティトー訪朝の翌年か。「ユーゴスラビアのビートルズ」は知らんかったが、ライバッハはまだ現役で活動しているのか。左からも右からも攻撃されるバンドというのは正にユーゴスラビアの反体制ロックということになるか。

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2015年12月30日Wed [03:31] 旧ユーゴスラビア  

アイラブユーゴ2 男の子編

アイラブユーゴ2 (自主管理社会趣味)アイラブユーゴ2 (自主管理社会趣味)
百瀬亮司 亀田真澄 山崎信一 鈴木健太 濱崎誉史朗

社会評論社 2014-11-23
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編集者曰く、エロネタは入れそびれてしまったとのことだが、入れるとしたら、大人編なのだろうか、男の子編なのだろうか。やはりどちらも健全な本なので、入れる余地はなかったと思うが、ユーゴには東ドイツのFKKみたいなものでもあったのだろうか。ソ連ではセックスくらいしか庶民の楽しみはないので、その方面が進んだなどとまことしやかに語られたこともあったのだが、ユーゴは他にも楽しみが幾らでもありそうだ。私の記憶では80年代くらいから既に日本人はビザ免だったと思うのだが、80年代末にはユーゴスラビア人バックパッカーなんてのもアジアでちらほら見かけるようになった。JATもバンコク界隈では御馴染みのキャリアだったし。中国にも留学生が大勢いた。前に読んだ本に北京外国語大学のセルビア・クロアチア語専攻の募集は4年に1回一人だけなので、まだ20人くらいしか卒業生を出していないとあったが、なんか違う様な。ベオグラードの中国大使館で空爆され亡くなった新華社記者は間違いなく情報関係者であろうが、北朝鮮のヨーロッパ組とされる拉致被害者が監禁され「学習」させられたのはユーゴスラビア時代のザグレブであったことも思い出した。

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2015年12月28日Mon [01:28] 旧ユーゴスラビア  

アイラブユーゴ 1  大人編

アイラブユーゴ1 (自主管理社会趣味1)アイラブユーゴ1 (自主管理社会趣味1)
鈴木 健太 亀田 真澄 百瀬 亮司 山崎 信一

社会評論社 2014-08-12
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ユーゴ趣味というのは共産趣味とは違う自主管理社会趣味という位置づけか。今となっては(というか東側で一括りしていた当時もそうだが)似た様なものだろと言われてしまいそうだが、そこんとこはユーゴマニアにとって譲れないポイントであるか。自分が持っていた「地球の歩き方ヨーロッパ編」にはベオグラードでは無修正ハードコアポルノ映画も上映されていると記されていて、それがユーゴスラビア産なのかどうか気になったのだが、確かめる術もなくユーゴスラビアは終了してしまった。ポルノはともかく、言論の自由はあった訳だが、「限度」を超えるとお迎えが来るというのは今の中国に近い感じだろうか。民族識別に於ける「ユーゴスラビア人」を選択制にして、「中華民族」の様に民族国家の幻想を確立しなかったことが、分裂を招いた要因なのか分からんが、そのほかに民族帰属拒否表明、地域への帰属表明、不明、その他がそれぞれ数万人規模でいたというのもユーゴスラビアが全体主義体制ではなかったということの証左になるか。

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2015年11月29日Sun [00:56] 旧ユーゴスラビア  

セルビアを知るための60章

セルビアを知るための60章 (エリア・スタディーズ)セルビアを知るための60章 (エリア・スタディーズ)
柴 宜弘 山崎 信一

明石書店 2015-10-23
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旧版で出ていたもは「バルカンを知るための」か。クロアチアが先に独立版が出ているので、セルビアも黙っていられないだろう。ヨーロッパで東日本大震災の募金が多かったのはセルビアだったtpは知らんかったが、世界一だった台湾にばかり目が向き、ヨーロッパ一の「親日国」が未だに悪役イメージが日本で抜け切れていないのは気になる。その辺の誤解を山崎佳代子さんをはじめとする親セルビア派の執筆陣が正すという形なのだけが、編者の山崎信一という人も山崎ファミリーなのだろうか。とはいえクロアチア生まれで幼少期にカトリックの洗礼を受けていたというヴケリッチも複合的なアイデンティティがあっただろうし、今のこの時代になっては民族的な対立軸という色眼鏡で見るのも間違っているのかもしれない。セルビア人に関してはクロアチア人とかよりトルコに対する反感が強かった様にも感じたのだが、今はオスマン帝国時代の皇帝を描いたトルコ製のドラマがヒットしたりしているのだという。

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2014年11月04日Tue [02:49] 旧ユーゴスラビア  

ベオグラード日誌

ベオグラード日誌 (りぶるどるしおる)ベオグラード日誌 (りぶるどるしおる)
山崎 佳代子

書肆山田 2014-04
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個人的日誌なのかと思ったのだが、季刊誌に連載されていたものらしい。著者はゾルゲ事件に連座して獄死したヴケリッチの息子の嫁なのだが、ベオグラード在住はどのくらいになるのだろう。空爆時の日々を綴った前著はセルビア民族主義者みたいな内容だったが、当時の状況を考えれば一方的に悪者にされ空爆されたベオグラード市民の声を代弁していたとも言えよう。今回はそうした色は無いのだが、コソボ難民の話はよく出てくる。当然ながらアルバニア人に迫害されたセルビア人のことになるが、セルビアではそうした報道が多くなされていたのだろう。トルコに対する歴史的怨念は自分もかつての「ユーゴスラビア人」から聞かされたことがあるが、セルビアのこうした「恨」が紛争の根っこにあったのではなかろうか。

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2013年12月25日Wed [02:15] 旧ユーゴスラビア | 本・雑誌 |読書メモ  

ハーグ国際法廷のミステリー

ハーグ国際法廷のミステリー―旧ユーゴスラヴィア多民族戦争の戦犯第一号日記ハーグ国際法廷のミステリー―旧ユーゴスラヴィア多民族戦争の戦犯第一号日記
ドゥシコ タディチ 岩田 昌征 Dusko Tadi´c

社会評論社 2013-11
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なんか出版されるまで数奇な経緯を辿った様だが、社会評論社の社長が難色を示す中、訳者が押し切ったらしい。その理由が最後の「国際女性法廷」批判になるのか分からんが、この旧ユーゴ戦犯第一号裁判と同じ判事なのか。ユーゴ紛争に関しては別に右翼がセルビア側を支持したという記憶は無いのだが、左翼のボスニア支持は大前提であった様だ。パレスチナ関係で親イスラム勢力という空気があったのかもしれんが、利害関係が無く関心が薄くてアメリカの宣伝工作に乗ってしまったということもあろう。日本のユーゴスラビア研究者はそうした風潮に異を唱える向きがあったのだけど、その噂を聞きつけた著者が訳者に原著を送りつけてきたらしい。日記に関しては事実関係がよく分からんし、裁判も象徴的意味合いが強そうだが、訳者の解題で背景だけは何とか理解できた。

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これからの「日本サッカー」の話をしよう 旧ユーゴスラビア人指導者からの真摯な提言これからの「日本サッカー」の話をしよう 旧ユーゴスラビア人指導者からの真摯な提言
ズドラヴコ・ゼムノビッチ 西部謙司

カンゼン 2010-11-20
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オシム本は語録から新書、ジュニア、果てはつぶやきまで怒涛のごとく出されているのだが、日本でのキャリアはオシムの数倍はあるゼムノビッチは自ら動いて本を出すに至ったらしい。W杯のスカパー解説で流暢な日本語を話すこの人は何者と思ったのだが、当時は愛媛FCの監督で、清水が強かった時の監督でもあったらしい、日本語使いの外人監督と言えばエンゲルスもいるが、共にJのチームではなく、高校や小学生といった周辺のチームの指導からスタートしているから、否応なく日本語を使わざるをえなかったのだろう。ジーコやピクシーといいった世界的スター選手は幾ら日本が長くても日本語が覚えられる環境にはいない。エンゲルスやゼムには及ばないものの通訳を嫁にしたリトバルスキーも日本語を使うが、ゼムノビッチの嫁はセルビア人の日本語教師らしい。この場合、同国人の嫁から日本語を習うということになるのだが、これはこれで結構難しいシチュエーションではないかと思う。内容的にはワールドカップの総括で、西部謙司との対話形式なのだが、オシムほど独特ではなく、日本的気配りが行き届いたもの。

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2010年04月17日Sat [14:09] 旧ユーゴスラビア | 本・雑誌 |読書メモ  

オシムからの旅

オシムからの旅 (よりみちパン!セ)オシムからの旅 (よりみちパン!セ)

理論社 2010-02-25
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出版不況で自転車操業体質が加速しているのか、将来の市場への投資なのか知らんが、13歳からの、14歳からの、15歳からのといったジュニアものやYAといった曖昧ものが最近増えてる。老舗の岩波ジュニア新書は昔から話題になった本の作者にジュニア向けにリライトさせるといった手法をよくとっていたが、最近はその専門レーベルが雨後のタケノコの如く。バクシーシ山下とか松江哲明までAVとか童貞で参入させてしまうと、アグネスも日本語の文章力が試されるというものだが、木村元彦のユーゴサッカー民族問題は教育的配慮からも正攻法のものだろう。オシムからの旅といっても実際はピクシーからになるのだが、この対象の読者はユーゴが崩壊してから生まれたのはもちろん、モンテネグロとセルビアの分離でユーゴスラビアが名実ともになくなった(ネット上に亡命政府はあるらしい)後のことしか知らないか。君たちの両親はプロシネツキやサビチェビッチ。ボバン、ストイコビッチのプレーを記憶している人もいるだろうと言われてしまうと、自分もこの読者年齢の親の年代なのかと黄昏れてしまうのだが、やはり対象が対象だと教育本になってしまうのは致し方ないか。国際ニュースを簡潔に解説する解説者を信用しないというのは「週刊こどもニュース」出身のあの人を批判しているのだろうけど、結局、民族主義は悪い、日本は単一民族ではない、在日への差別が酷いといった陳腐な結論に導くのはどっちもどっちじゃないか。旧ユーゴサッカーの民族主義的情緒を批判するなら、それと対極にある日本サッカーサポーターの姿を賞賛してもよいと思うし、韓国、中国のサッカーの応援風景には民族情緒がないのかという疑問も残る。ただ、それが試合の結果に結びつかないどころか、そういうむき出しの民族感情が稀薄でぬるま湯状態にあることが選手の士気にも影響しているのではないかということは、岡田ジャパンの隘路を示した先の東アジア選手権、セルビア戦でも証明されたところ。そういえば名古屋でピクシーが空爆反対のTシャツ見せパフォーマンスをしたときに呼応してアピールしていたのが福田だけであったことは、その後に福田の生き様を知った今になっては感慨深い。こうなるとオシムの言う「日本らしいサッカー」というのは、単に戦術だけを指しているのではないかとも思える。オシム自身ドイツの血統らしいから、民族や国家への帰属感には慎重にならざるをえなかったのではなかろうか。日本に来てその柵から脱出できた訳だが、その柵がサッカーを構成する一要素であったことに気づいたのかもしれない。今からでも復帰してくれると有り難いのだが、そうなるとやはり「千葉枠」も復帰することになるのかなあ。

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2009年08月16日Sun [12:18] 旧ユーゴスラビア | 本・雑誌 |読書メモ  

写真とプロパガンダ 1945-1958

写真とプロパガンダ1945‐1958写真とプロパガンダ1945‐1958
Milanka Todi´c

三元社 2009-07
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ユーゴスラビアのアジプロ写真をアヴァンギャルドの観点から論じていくというもの。この種のテーマはソ連が本場だが、コミンフォルムから追放された、「もう一つの東側」で、アジプロ写真の文法が守られていたのは興味深い。著者はセルビアの美術評論の人。その小難しい写真論の翻訳は置いとくが、写真が満載なので、アジプロ萌えには結構来る物がある。ハリボテ陳列は「金日成のパレード」でもそのキッチュと現実のギャップが効果的だったのだが、社会主義のリアリズムを建前上、全面に出すのには有効な手段なのだろうか。青年の健康美の演出は、ナチスのそれを彷彿させるものがあるが、チトーが天敵であったヒトラーとスターリンから統治政策の面で影響を受けていたのも必然的なものか。その意味でも、この時代に個人崇拝を禁じたキューバは特異な社会主義国家であった。現在、事実上唯一の社会主義国家としてキューバが生き残っているのも、そうしたことが関係しているのかもしれない。一方、ユーゴのこの時代のアジプロ写真が「人間の顔をしていない」のは明白であろう。正にそれこそがアヴァンギャルド芸術の極みなのだそうだが、難しい写真論はイマイチ分からんので、これまで。

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ブランコ・ヴケリッチ日本からの手紙―ポリティカ紙掲載記事(一九三三~一九四〇)ブランコ・ヴケリッチ日本からの手紙―ポリティカ紙掲載記事(一九三三~一九四〇)
山崎 洋

未知谷 2007-10
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このブランコ・ヴケリッチという人はよく知らなかったのだが、戦時中にユーゴスラビアの日刊紙の東京特派員をしていた人だそうで、ゾルゲ事件に連座して1945年1月に網走で獄死したとのこと。その事件や死の真相はよく分からないのだが、これは息子さんが、当のユーゴスラビア「ポリティカ」紙に掲載されたブランコ・ヴケリッチの記事を訳したもの。1933年から逮捕される前年の1940年までのもので、全訳か編集したのかは分からないが、2段組で300ページ近くもある。当時の在日ユーゴスラビア人は3人で、在日大使館もなかったというのだが、意外と日本への関心は高かった様だ。訳者というか息子さんも指摘している通り、そこに日本人に対する偏見や、敵意といったものは見られず、むしろ、かなり好意的に描かれていることは確かなのだが、日本人と所帯を持って息子まで儲けたのなら、それも当然だろう。少なくともゾルゲの様な愛人関係とは違うのだが、こういうセルビア語の記事も、さっさと検閲していた人がいたことも間違いない。それにしても、訳者が生後9ヶ月の時に入獄し、4歳の時獄死か。ほとんど記憶はないと思うのだが、この時期にスパイ罪で逮捕された外人の夫に残された母子というのは「母べえ」よりドラマ的である。息子さんは長じてユーゴスラビアに留学して、セルビア語翻訳者となったらしいが、数年前に読んだ親セルビアの権化みたいな本を書いた人のダンナであるらしい。ユーゴ内戦もすっかり過去の話になってしまったが、コソボ独立で再びセルビアが悪者にされようとしている中、当時の悪の枢軸であった日本を理解しようとした父君の書いたものを出すことには意義を感じたのかもしれない。ちなみにこのヴケリッチの家系は現クロアチア共和国内の「クライナ」に原郷があるらしい。

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2008年07月09日Wed [12:13] 旧ユーゴスラビア | 本・雑誌 |読書メモ  

バルカンの心

バルカンの心―ユーゴスラビアと私 (叢書東欧 12)バルカンの心―ユーゴスラビアと私 (叢書東欧 12)
(2007/04)
田中 一生

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「ユーゴスラビアと私」という副題が付いている。これは昨年、亡くなった著者の遺稿集。ではなく、生前から発行が準備されていた雑文集で、本人が死の 2週間前の日付であとがきを書いている。病気が進んで本人も版元も、最後の集大成という意識はあったのだろうが、ZARDもそうだけど、こういうタイミングでベスト盤が出てしまうのは、ちょっと気が滅入る。著者は大学書林の「セルビア・クロアチア語」、「マケドニア語」、「スロベニア語」の会話練習帳も出している人で、60年代初頭にベオグラード大学に留学して以来、セルビア・クロアチア文学の翻訳などで活躍した人らしい。ということで、ここに収められている文章も、翻訳書のあとがきなどが含まれており、なんだか雑多な感じもする。ただ、「修正主義者」のチトーの伝記を訳して、「進歩派知識人」から大バッシングを受けた話とか、「チトー伝」を巡るいきさつなどは面白い。後半は内戦の影が濃くなってきた時代のテレビ取材の旅行記や、サラエボを再訪する話は、当方がセルビア文学に無知だということもあるが、現実感があって興味深い。最後は「ラジオ深夜便」に出演した時の発言が採録されている。著者の人となりはここに集約されているのだが、これは去年の9月の放送らしい。その直後に入院生活に入られたのだろうか。百歳の母堂が病気で臥せっている話はしているのだが、本人の方が先に逝ってしまったとしたら悲しすぎる。

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