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2021年04月15日Thu [03:02] 米国  

3年後に世界が中国を破滅させる 



救う会の人が中国ものにも参戦かと思ったのだが、中国というか米国本だった。櫻井よしこと並んでボルトン回顧録が帯になっているのだけど、拉致の関係でボルトンとは数回会った事があるらしい。かといって、ボルトンから中国の事を聞いたという訳ではなく、ボルトン回顧録の感想などを少々。ちょっと興味深かったのが、福井県立大の同僚だった凌星光とのくだりで、「日本は拉致に拉致されましたなあ」と嬉しそうに言われたとのこと。凌星光がウイグル人に洗脳は必要ですと真顔で言っている動画が拡散されているけど、年齢的にも老人の無敵感はあるだろう。都会のマンモス大とかだと、論敵同士の教員が同僚だったりなんていうのは珍しくはないだろうが、公立大クラスだと、学部とか学科が違うから接点はないということもなかろうし、それなりの共同作業はあるんだろうな。もっとも著者だって、韓国人留学生や在日の学生を抱えたりはしているだろうし、授業では多少の配慮はあるとは思うのだが。

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2021年04月15日Thu [02:05] 米国  

隠れトランプのアメリカ



この著者も久しぶりに読むなと思ったのだが、略歴を見ると、教授になっているし、テレビのコメンテーターにもなっているらしい。アメリカ学の人は他国と違って、保守系の方がマスコミに呼ばれる割合も多い感じ。ただ、帯にトランプ勝利を謳ってしまっているから、今後どうなるか。前回の選挙で勝利予測を決めてしまったのが尾を引いていたのかもしれん。とはいえ、オバマ・フィーバーの時みたいなことにはならないのは確実で、バイデンのカリスマ性の無さというのはその通りである。副大統領や嫁にその分、働いてもらおうとしているのは目に見えているのだが、対中強硬姿勢もトランプ支持層の取り込みにもなるし、人権と絡めたリベラル層との共通利益にもなるということで、就任前から予想されていたことではある。日本みたいに中国を批判しても差別主義だとか、「ウイグル話法」とか揶揄されないのは強みであるし、台湾寄りも、マスコミにその姿勢を問われることはない。

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2021年04月12日Mon [00:55] 米国  

交差する辺野古 



初の単著とのこと。沖縄ではなく、東京拠点の宮崎生まれの熊本さん。運動にコミットしている人ではなさそう。辺野古で、地元住民と主に内地から来ている反対運動の人たちの間に軋轢が生じているのは私も実際に現地で目撃しているのだが、地元の反対派も反米とか環境ではなく、条件闘争がメインであり、それは辺野古の歴史と現実の生活という点を無視しては分らないものではある。Eテレで良いドキュメンタリーがあったが、番組にもの登場していた金物屋の親父さんの半生記は興味深い。生活者の視点もさることながら、南部と北部の温度差にも着目する必要はあろう。那覇政治への抵抗は八重島のみならず、本島にも顕在する。ただ、やはり選挙を左右するのは経済利益であって、治安や環境は突発的な事件が起こらない限り、一義的要因にはならないものである。

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2021年04月07日Wed [05:08] 米国  

2020-2030アメリカ大分断



フリードマン系は経済学者と物理学者の二系統かと思ったが、こちらは地政学者の権威らしい。「影のCIA」が誉め言葉なのかどうか分らんが、やはり東欧ユダヤ人の系譜。影のCIAだから、タダで情報も分析も出すことは無いんだろうが、普通のアメリカ政治史テキストみたいなもの。ちらっと検索した書評を見ると、学者にとっては何か新しい知見があるというものではないからなのか、大学の問題提起が刺さっているみたいで、学資ローンの問題と共に、実体のない学歴主義を批判している。今や学歴主義が日本特有の問題と考える人はいないと思うが、その対極と考えられてきた個性や自由という尺度が其の実、測定不能であることは個性や自由を重視すると信じられていたアメリカの実態を以て詳らかになってきている。人種や階級の不平等を乗り越える学歴は平等主義装置である訳だが、学歴が評価されるエリート大学に入学するにはそれなりの教育投資を受けた者に偏在しており、そうではない者は学資ローンという負債を背負ったまま平等主義市場に放り出されるしかない。言わば既得権益者有利のシステムであるが、それは教えている側の大学教員の事情がより顕著であるので手立てが無い。

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2021年03月07日Sun [04:27] 米国  

戦争の歌がきこえる



音楽療法士という職業はよく知らんのだが、老人ホームとかホスピスに行って、話を聞いて、歌を歌って癒しになる人らしい。デイサービスに行っていた親父が歌を歌わされるのが嫌だと言って、1日で行くのを止めてしまったのを思い出したのだが、おそらく自分がその立場になったら、自分もそう思うのではなかろうか。歌の趣味は年とともに変わると昔は思っていたが、童謡とか、民謡とか、クラシックとかなどは一向に好きになれんし、パンクとかを音楽療法士が歌ってくれることはまずないだろうし、逆に怒られそうだから、死期が近づいても音楽療法はご免こうむりたいものである。音楽はまあ耐えられるかもしれんが、個人的なトラウマとか、政治思想信条、歴史認識などを問われるのも面倒である。日本人として覚悟して行ったが、僕は日本兵を殺したんだと告白され、ドイツ兵としてナチに協力し、日本人と共に戦ったとか中帰連大会みたいなことになるし、その時代のことは話したくないという中国系の爺さんに対しては日本が侵略したからアメリカに来たはずだ、歴史を勉強して謝罪しなくてはとかは短絡的である。人間は人それぞれのストーリーがあり、戦争がその人生に影を落としていると決めつけることはむしろその人の人生を否定しているのではないかとも思える。

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2021年03月02日Tue [15:36] 米国  

世界を動かす変革の力



ブラック・ライブズ・マター運動共同代表の人とのこと。この運動がどこまで組織形態なのかは分らんのだが、オーガナイザーという職はアメリカでは確立されていて、日本の「オルグ」の様なマイナスイメージは無いと思われる。オバマもその経歴にオーガナイザーであったことを刻んでいる。訳者は人権学習コレクティブとなっているのだが、明石によると「多国籍のメンバーで2014年に設立した東京を拠点とする団体。国内外の研究者や旅行者などを対象に、通訳を介して日本におけるマイノリティの権利運動や差別の歴史について学ぶ機会を提供する。」で、運動体であることを示している。こうした運動体がむしろ分断を生み出しているという感覚は一般的であると思うが、運動体の目的は一般人を覚醒させ、革命を起こすことであるので、一般人の感覚に寄り添う戦略を立てたりはしない。つまりは信じる者だけが弱者を救えるという宗教であるのだが、マジョリティが強者であるという前提を受け入れる必要がある。著者の自伝的な部分は読み易いのだが、社会的には強者である自分を人種的に弱者の自分が打ち負かす物語である。

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2021年02月27日Sat [02:55] 米国  

同性婚論争



博論もの。元々ゲイカルチャーに興味があって入ったそうだが、本人の自己認識に関しては書いていない。運動調ではないが、アカデミアのリベラル基準に則している。アメリカでこの問題が政治イシューとして大きくなるのは反対運動もアクティブであるからであって、その背景にキリスト教があることは言うまでもない。日本では完全に少数者の権利問題であり、反対も賛成も別世界の話といった反応が多いかと思う。自然の摂理としては間違っている様に思えるが、それが神の意志に反しているから違法だということにはならない。LGBTQとかフェミもそうだけど、基本、反対者という敵を作って、正義の抵抗という形をとらないと運動として認識されないという致命的欠点があるので、どうしても政治に利用されてしまう。アメリカの様に神の正義と普遍的人権の正義みたいな神学論争にならない以上、国を二分するような盛り上がりにはならないのだが、夫婦別姓の方だと旧守派という打倒すべき敵があるのでやりやすいか。そんなことを思っていたら、早速共産党が落とすべき議員のリストを作って公開した。こういう足を引っ張る政治屋があるから、伝統は安泰ではあるのだが、二大政党制だと分断になっていたかもしれんね。

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2021年02月18日Thu [02:55] 米国  

アメリカ保守主義の思想史 



左派からは何故か反知性主義とされる保守なのだが、アメリカの思想体系的には保守主義は左翼からの転向組が大きな影響力を持っていて、ユダヤ系がその中心であることを鑑みれば反知性主義も知性主義も同根であるか。左翼に対する幻滅がその大きな原動力となっているのは日本の有権者と同じであるのだが、左翼はそれを知性の問題として捉えるから、ますます民心は離れていく訳である。この本が取り上げているのはネオコンまでだが、Qアノンまでいくと、反知性主義を疑いたくはなる。まだ子ブッシュはコントロールできたが、トランプはできなかったということなのだろう。

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2021年02月13日Sat [21:02] 米国  

メディアが動かすアメリカ 



オバマの時はかなり良いリポートを連発していた人というイメージがあったのだが、トランプになってからは読んだ記憶がない。別に沈黙していた訳ではないのだろうけど、民主党の中の人でもあったから、専門家として出番が減ったのかもしれん。バイデンで復活するかどうかは分らんが、今は北大の教授として落ち着いているみたいだから、現場感覚的なリポートはもう無理だろう。今回も過去の選挙運動と、リアリティ番組、そして今の本職である留学生の指導からのアメリカの中国系社会考察など。リアリティ番組とかは全く興味が無いし、視たことも無いので、その影響力は分らんのだが、トランプ自体がリアリティ番組みたいなものだから、政治ショー化という意味では共和党に分があったのだろう。それが最期の悪足掻きに繋がったのかどうかは分らんが。でもって、著者の関心もアメリカから中国へとベクトルを動かさざるを得ない状況になってしまったみたいだが、北大辺りの中国人留学生でも堂々と「天安門事件など無かったんですよ」とか言われてしまうのか。留学生からしてみれば、このアメリカかぶれの日本人に一発かませたやろうみたいな感じかもしれんが、実際、日本人教員が中国についてあああだこうだ言ったところで、「お前は中国を知っているのか。中国に行ったことがあるのか」とはなるだろう。

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2021年02月06日Sat [03:06] 米国  

アメリカの政党政治



構想10年で陽の目を見た一書らしい。その間にどんだけアメリカ政党政治に動きがあったかというと、ここ最近が一番かもしれんが、やはり大統領選に合わせて出した方が商売的にも助かるか。一回逃すと、次は4年後だから、10年も待ってくれる編集もなかなかいない。ただ、黎明期から遡ってくるので、トランプが出てくるのは終章のみである。一党独裁もアレだが、二大政党制が200年近く続いているのが民主主義なのかどうかはよく分らん。事実上、有権者の選択肢は二択であるので、保守、リベラルの枠内に入らない人たちの民意が反映されることは無い。故に非武装中立とか、福祉廃止といった非現実的な政策を双方とも掲げる訳にもいかないのだが、共和党も民主党も党員制はとっておらず、上からの運動でよりも、下からの運動を基本としている以上、民意の吸い上げには重きを置くこととなる。

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2021年02月03日Wed [16:21] 米国  

イージー★ライダー敗け犬たちの反逆 



配給会社→映画ライター→評論家教授とステップアップというか一通り業界をまたいだ人らしい。イージーライダー、デニスホッパー本を何冊か出しているみたいだが、インタビューなどもしていて、イージーライダー2をプッシュし続けたとのこと。正直言って、>『イージー★ライダー』がイージーライダー所以であるのは2とか続とかが無い唯一無二であるからであって、まだ分らんが、作られなくて良かったとしか思えん。作られなかった理由として、デニス・ホッパーもピーター・フォンダも金に不自由することが無かった、デニス・ホッパーがピーター・フォンダの取り分が多かったことに不満を持っていたこと、二人とも俳優業での没落があったが、復活があったことなどが挙げられるが、意欲はあっても、あれ以上の出来のモノは作れないという意識はあったのではなかろうか。時代的にも合わなくなったということもあるとは思うが、長髪のハーレーは昔は左翼ヒッピーだが、今はトランプ支持者みたいなイメージもある。

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2021年02月01日Mon [02:26] 米国  

ベ平連とその時代



べ平連研究は大きな蓄積があるみたいで、当事者もそうだが、繋がっていた人も大勢、大学にもメディアに現役でいる訳だから当然なのだが、この著者も論文を数本出しているとのこと。1958年生まれだと、その空気を吸っていたとは言えんかもしれんが、学生の頃はまだべ平連的雰囲気は残っていたのだろう。むしろ間に合わなかった世代の方が俯瞰できるのかもしれんが、適度に幻想もないと、政治的観点からしか見えなくなるということはあるか。その点、徹底していて、KGBだのCIAだの内調だの話は一切無くて、純粋な市民運動という観点で進んでいく。運動の象徴として、小田実か石原慎太郎のどっちを担ぎ出すかという議論になって、小田は右翼的だが、石原はリベラルという見方であったというのは当時としては妥当だったのか。小田は安保にも参戦していないので、政治的色が無い「ふつうの市民」だったことが決め手になったみたいだが、今の「リベラル」人士同様、元々無色であったのに、右派から攻撃されることによりどんどん左派のポジションが上がって、先鋭化していくというパターンの先駆けだったのかもしれん。小田はべ平連の時は躁状態で、その後、鬱の時期に入ったという説があるそうだが、初期の朝生とか見るとたしかにそんな感じではあった。運動に入らず躁になってなければ、作家として大成した人だったのかも。

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